HANEは、私自身が人生に迷い、自分を見失い、本来の自分へ還るまでの経験から生まれました。
なぜこの場所を作ろうと思ったのか。その理由をお話ししたいと思います。
教師になりたかった私
昭和50年前後、熱血教師が生徒たちと体当たりで向き合い、その悩みや成長を描いた「青春学園もの」と呼ばれるテレビドラマが人気を集めていました。
型破りで生徒の個性を尊重してくれる教師の姿。それは、受験や管理教育の中にいた若者にとって理想的な師弟関係であり、また友人関係にも映っていました。
私自身もその影響を受け、いつしか教師という仕事に憧れるようになりました。しかし、その憧れとは裏腹に、思春期を迎えた私は勉強の意味を見失い、全くやる気を失っていきました。
小学生の頃、良い成績を取るために毎日やらされ続けた問題集。その苦しかった日々への反発。落ちていく成績とともに、いつしか教師への憧れも忘れていきました。
理想を追い続けた日々
専門学校で出会い、後に恩師となる担任の先生はラグビー部の顧問でした。幼いころに見ていた熱血教師の姿と重なる、熱い思いを持つ素敵な先生でした。
その専門学校で教員募集があると知った時、私の中にあった教師への憧れが再び湧き上がってきました。 「教員になりたい」 生まれて初めて勉強に意味が生まれました。必死に成績を上げ、先生の後押しもあり、何とか採用していただくことができました。
担任の先生のように、テレビで見た熱血教師のように、私も学生さんのために役に立ちたい。そんな思いから、私なりの理想の教師像を掲げました。 大袈裟かもしれませんが、学生さんにとって「楽しい学校」にしたいと本気で思っていました。尊敬する先生にも認められたい。その思いだけで走り続けていました。
しかし私は、自分が考える理想を追うことしか考えられませんでした。学校という組織のことなど何も考えず、学生のためになることをしたい。なぜ学校は学生のことを第一に考えてくれないのか。そんな不満ばかりを募らせていきました。
私がいかに独りよがりで勝手な理想を描いていたか、今ならわかります。しかし当時の私は気づくことができず、憧れていた教員を辞めることになりました。父の後を継ぐという大義名分もありました。
今度は、経営者として成功を追いかけたのです。父となり、子どもたちがスポーツを始めると、そこにも勝手な期待や理想を重ねました。試合に出るようになった子どもたちが勝ち進んでいく姿を夢見ていました。
しかし私は、経営者としても、子どもたちを勝利へ導く父としても理想を果たせませんでした。それどころか、自分がわからなくなり、人生に迷い、意味さえ見失っていきました。
「自分を変えなければいけない。何者でもなかった自分を何者かにしなければならない。そして、生きる意味を見出さなければ。」
何を学べば良いのか。足りない何かを求め、焦る日々を過ごしていました。
やがて仏教へ興味を持ち、坐禅体験をきっかけに自己探求へと向かいました。その後、さまざまな出会いと学びを重ねる中で、私が辿り着いたのが「本来の自分へ還る」という考え方でした。
かつて私は、何かを与えなければならないと思っていました。学生さんにも、経営者としても、父親としても、足すことばかりを考えて生きてきたのです。
私自身も迷い悩みから抜け出そうとしたとき、また、何者かになろうとしたとき、「自分に足りないものは何か」「もっと学び、成長しなければならない」と思っていました。自己啓発にも興味を持ちました。
しかし、足すことではなく、引くことが大切だと気づいたのです。
そう思ったことが、HANEの始まりです。
あの日、人生に迷っていた私に気づきが起きたように。
今度は私が、人生に迷い、自分を見失っている方が、本来の自分へ還るきっかけとなる場所をつくりたい。
そんな想いから、HANEは生まれました。