勝つことでしか見えない世界がある
勝つことでしか見えない世界を感じさせてあげたい。
試合で勝ち続けるのは優勝者ただ一人です。
勝つこと、優勝することでしか味わえないものがあるでしょう。
勝ち進めばその先、もっと大きな大会に出場できます。
さらに、その先には全国大会があります。
勝ち上がって行った先には、プロへの道があるかもしれません。
1回戦、2回戦、少しずつ勝てるようになると必死になりました。
まだ見ぬ世界を見せたい。勝てばもっと楽しくなる。
勝つことが、子供たちを強く、育ててくれる。
本人の意思を置き去りに
他の誰よりも練習すればうまくなると思いました。
練習を終えて帰宅した後は、家で練習させます。
休日は親子で練習。夏休みなど実力を上げる好機です。
本人が練習したいかどうかなど関係ありませんでした。
優勝すれば感動がある。
優勝すれば報われる。
大きな大会へ出場すれば、きっと世界は変わる。
それはいったい誰のためだったのでしょう。
私は本当に子供を思ってしていたのでしょうか。
子供たちは期待通り勝ち上がるようになりました。
優勝したときは、本人も喜んでいました。
私は子供たちの勝ち上がる姿が誇らしく、
導いている喜びがありました。
けれどそれは、子供を導いていたのではなく、
私自身を満足させていただけだったのかもしれません。
いつしか私は、子供の勝利で満たされるようになりました。
これが私のすべきこと。私の役割だと信じました。
どれだけ子供たちに煙たがられようとかまわない。
結果が、すべてです。
子供たちの意思はどこにあったのでしょう。
本当に子供たちは望んでいたのでしょうか。
身体と心が上げた悲鳴の正体
子供たちが不調に見舞われるのは必然でした。
身体も、
心も。
原因はどこにあったのか、
身体の不調ではありません。追い詰められた心です。
不調は、子供たちの叫び、そのものでした。
勝利は子供たちが本当に求めていたものだったのか。
日々の猛練習は、本当に求めていたものだったのか。
私はただ自分のために気づかぬようにしていたのではないか。