楽しんでくれたら、それで良かった
自分の子供が何かに興味を持ってくれたなら、習い事をさせてあげたいと思う方は多いのではないでしょうか。
私も父親になり、子供たちに何かをさせたいと思いました。
それは音楽でも、武道でも、スポーツでも何でも良いと思っていました。他の子と同じようにスイミングへ通ったこともあります。
そんな中で子供たちが興味を持ったのは、私と妻が趣味程度に行っていたスポーツでした。
一緒に楽しめたらと思いスポーツ店へ向かうと、店の方に「誰が教えるのですか」と聞かれました。
「私が」と答えると、
「親が教えて悪い癖がついたら、子供たちが本気で取り組みたいと思ったとき、その癖をとるのが大変になります。基礎だけでも習わせてあげたらどうですか」と言われました。
確かに競技経験のない私が指導をすることなど出来ないでしょう。
お店の人に紹介してもらったスクールへ通わせることになりました。
最初は基礎だけを習うつもりでした。
しかし、子供が出場するジュニアの大会があることを知りました。
「試合に出てみませんか」とコーチから誘われたことで、家族で楽しむだけのはずの取り組みは、競技へと変わっていきました。
加速する「親の欲」
私自身、負けず嫌い。勝負事となれば負けたくありません。
子供本人も、勝てば喜び、負ければ悲しみます。親としては勝たせてあげたいと力が入りました。
最初はなかなか勝てなかった子供ですが、結果が出るようになると、私の要求はエスカレートしました。
私はまるで、コーチにでもなったかのように。
順調に戦績を上げていく子供たち。
調子に乗る私。
やがて子供たちに変化が起きます。
練習でも試合でも、常に私の表情を伺う子供たち。
「これでよいのだろうか」「父親は怒っていないか」「満足しているだろうか」。
瞳を輝かせ、ただ楽しんでいた子供たちから笑顔がどんどん消えていきました。
それでも私は、自分が間違っているなどと思いもしませんでした。
本当に子供のためだったのか
勝つことでしか見えない世界を感じさせてあげたい。
試合で勝ち続けるのは優勝者ただ一人です。勝つこと、優勝することでしか味わえないものがあるでしょう。
勝ち進めばその先、もっと大きな大会に出場できます。
さらにその先には全国大会があり、プロへの道があるかもしれない。
1回戦、2回戦と少しずつ勝てるようになると必死になりました。
まだ見ぬ世界を見せたい。勝てばもっと楽しくなる。
勝つことが、子供たちを強く育ててくれる。
他の誰よりも練習すれば上手くなると思いました。
練習を終えて帰宅した後は、家で練習させます。休日は親子で練習。夏休みなど実力を上げる好機です。
本人が練習したいかどうかなど関係ありませんでした。
優勝すれば感動がある。
優勝すれば報われる。
もう一度笑顔を取り戻すはず。
大きな大会へ出場すれば、きっと世界は変わる。
それはいったい、誰のためだったのでしょう。
私は本当に、子供を思ってしていたのでしょうか。
子供たちは期待通り勝ち上がるようになりました。
優勝したときは、本人も喜んでいました。私は子供たちの勝ち上がる姿が誇らしく、導いている喜びがありました。
けれどそれは、子供を導いていたのではなく、私自身を満足させていただけだったのかもしれません。
いつしか私は、子供の勝利で満たされるようになりました。
「これが私のすべきこと。私の役割だ」と信じました。
どれだけ子供たちに煙たがられようとかまわない。結果がすべてです。
子供たちの意思など考えもしませんでした。
「子供たちは勝利を望んでいる」「勝つことで満足している」と疑いもしませんでした。
身体と心が上げた悲鳴の正体
子供たちが不調に見舞われるのは必然でした。
練習に休みなどありません。
毎日学校から帰ると練習。休日はさらに練習時間は長くなります。試合に出場すれば朝早く出かけ、帰るのは夜。
成長期の身体は次第に耐えられなくなっていきました。
そのときは「適切な治療を受けさせることが私の役目だ」と思いました。
病院で治らないのなら整体へ、針灸、評判を聞けばどんな治療も試してみました。
練習を休むことなど出来ない。続けながら治療してくれる先生を探します。
しかし、本当の痛みの原因は身体ではなく、追い詰められていた心にあったことに、当時の私は気づくことができませんでした。
不調は、子供たちの叫びそのものでした。
勝利は子供たちが本当に求めていたものだったのか。
日々の猛練習は、本当に求めていたものだったのか。
私はただ、自分のために気づかぬようにしていたのではないか。
どれだけの治療を試したかわかりません。
やっと快方への道が見えたのは、一人の整体師の先生との出会いでした。
ゆっくりと子供の話に耳を傾けて聞いてくれます。
実際の施術時間よりも話しているほうが長いほど。
次第に子供の表情は和らぎ、身体にも変化が起き始めました。
その治療を間近で見ていた私は、ようやく自分の間違いに気づきました。
子供を苦しめていた原因は、プレッシャーに押しつぶされそうな心が発していた痛みだったのです。
私の役目とは何か
勝ちさえすれば良いなど間違っています。
しかし当時の私は、そんな当たり前がわからないのです。
「これが私の役割だ」と信じ込んでしまいました。
なぜ、私の言葉は子供たちに届かないのか。
それは、私が自分の役割だと信じてきたものが、間違いだったという証でした。
勝つためだけに練習させるのは、私の欲でしかありません。
練習は何のためにするものなのか。
身につけたい技術など成長するためであり、そこには自分自身の喜びが伴うもの。
誰かに勝つためではなく、練習とは本来「昨日の自分を超えていく喜び」です。
それが、子供たちが求めていたものなのです。
優勝するためだけに猛練習を重ねていたなら、優勝さえすればそこで燃え尽きてしまうかもしれません。
身につけてきた技術が試合の中で発揮できたなら、優勝するかどうかより、練習の成果を喜べるでしょう。
手ごたえを感じ、さらに練習を重ねていくでしょう。
結果だけを目指すのか、自分の成長を目指すのか。それは大きな違いです。
捉え方によって練習は苦にもなり、喜びにもなります。
間違いに気づいた私は自分を疑いました。
私はコーチにでもなったつもりで、子供たちの勝利に自分の生きる意味を感じていたのです。
いまさら間違いに気づいた私に、何が出来るのでしょう。
こんな私を子供たちは、どのように思っているのでしょう。
子供たちの人生の主役は、子供たち自身なのに。
私は子供の人生に深く入り込み、どう演じるべきか指導し続けてしまいました。
では、私はどうしたらよいのでしょう。
これまで信じて突き進んでいたものが崩れてしまったとき、私は変わらなければいけないと思いました。
同時に焦りを感じました。残された子育ての時間は多くはありません。
その中で私に何が出来るのだろう。毒になる親ではいけない。
子供のために何が出来るのか、子供のコーチング、話し方、質問の仕方、スポーツメンタルトレーニングなどに関する本を読み、子供たちとどのように接するべきか考えました。
「私が変わったなら、きっと私の思いは子供たちに伝わるはず」と思ったのです。
しかし、それは私の口から出る言葉を変えただけ。結局は「どうすれば勝てるようになるか」という私の思いをなくすことにはつながっていませんでした。
きっと子供たちには、私の言葉の裏にあるそうした思いが伝わっていたのでしょう。
何をどのように工夫しようと、私の言葉は子供たちに伝わっていきませんでした。
それは今ならわかります。
その私の言葉は「どうしたらわかってくれるか」という自分本位のものであり、私の欲は変わっていなかったのです。
私は変わらなければならない。
でも実際に変わったのは、話し方であり言葉の使い方だけでした。
自分に何が出来るのか
子供たちが勝ち進んでいく姿は親として誇らしく、そこに携わってきたことは私に生きる意味を与えてくれていました。
思い起こせば祖父の死などから、「人はやがて死ぬ」と実感してしまった幼い日から、なぜ生きるのかを問い続けてきました。
やがて死んでしまうのに、なぜ生きるのか。生きるとは何なのか。
それでも生きているのだから、生きているうちに何かしら生きた証を持ってみたい。この命が無意味であってほしくない。何かしらで生きている満足感を持ちたい。
それは、「自分は何者なのか」「何者かになりたい」という思いを生みました。
私に出来ることを見つけ、成果を残したい。
やっと生きる意味を感じられたのは、専門学校の教員になれたときでした。
しかし、せっかく憧れた仕事を手にしたにもかかわらず、これが自分を生かす道なのかわからなくなりました。
私には父が始めた仕事を継承する道もありました。
勤めているときには出来ないことも、自分が経営者になれば自由に出来るのではないか。そこに私が生きる意味が見つかるのではないかと思いました。
しかし、それも本当に私のすべきことだったのか疑うようになっていきました。
父として子供を応援する日々は、これまでには経験したことのないやりがいがありました。
自分で考え、自分の思うようにできる。それで結果も伴ってくる。
エスカレートしていった自分の中にあったものは、まるでコーチにでもなったような充実感でした。
しかし、それがまったくの思い込みだったとわかり、私は何をしてきたのか、信じてきたことすべてが間違っていたように思えました。
自分は何をしてきたのだろう。
未だ何者でもない自分に気づいてしまうのでした。
私は何のために生まれ、何のために生きているのだろう。
再びわからなくなりました。
ただ、この人生が無意味なものだとは思いたくありません。
こんな私にも何か出来ることはあるのではないか。
この人生を有意義なものにするためにも、傷つけてしまった家族のためにも、私は変わりたいと思いました。
これまでのように自分を疑ったまま生きるのではなく、新しい生き方を見つけたい。
子供を治療してくれた整体院は、子供だけでなく私にも出会いを与えてくれました。
それは手塚治虫さんの漫画『ブッダ』であり、仏教との出会いです。
本気で自分を変えなければと思ったとき、僧侶から直接学びたいと思いました。
一人では解決できなかったのです。
やっとの思いで一人の青年僧と巡り会うことができたとき、私は自分の胸の内にある思いを打ち明けました。
「私は、何者かになりたいのです」
自分の間違いを反省し、どうすれば良いか考え、学び成長し、何かを新しく始めてみたい。そのヒントを求めたのです。
そんな私に僧侶は一言、
「なぜ何者かにならなければならないのですか?」
私は、「・・・・・・」答えられませんでした。
「どうすれば人の役に立てるでしょう。私は何者かになって、役に立てる人になりたいのです」
答えを求める私に対して僧侶は答えてくれました。
「何も特別なことはありません。あなたが楽しく生きていたなら、あなたの姿が喜びに溢れていたなら、何もしなくても、周りの人々の方から聞いてきますよ」
私自身が楽しく生きるだけであって、特別に何かをする必要などないとおっしゃいます。
そう言われても私はすっきりしませんでした。
腑に落ちない私でしたが、何者にもならなくても今できることがあると言われた私は、「今の私に何が出来るのですか」と食い下がることもできず、話は別の話題へと移っていきました。
その後、様々な話をしながらどれだけ時間が過ぎたでしょう。足のしびれが激しくなっていました。
私は座布団をお借りしていますが、僧侶は畳にじかに正座。いくら正座には慣れているとはいえ、きっと足は痛いはずです。
それでもニコニコと表情一つ変えずに話に付き合ってくれます。
「どうしてそんな風に楽しそうに笑っていられるのですか」
そう僧侶に問いかけた後で、ハッとしました。
それまで腑に落ちていなかった僧侶の話に納得できたのです。
私の表情はどうだったでしょう。
私は何者にもなれない不満がにじみ出ていたでしょう。きっと難しい顔で僧侶と向き合っていたに違いありません。
今の私にも、今すぐにでもできることがある。
振り返ってみれば、私がしたいと思ってきたことには一つの共通したものがありました。
教員としては「学生さんのために」という思い。経営者としては「お客様のために」という思い。父親としては「子供たちのために」という思い。
人間は社会的な生き物と言われます。社会の中でしか自分を感じられない。
私の場合は、誰かの喜びを見られることで、自分を感じたかったのだと思います。
私がしてきたことは「知る」経験だったのではないか。
何が本当に人の役に立つのか、人のためになるのか。
答えを教えてあげることではない。
どう考えるべきか教えることでもない。
ただ安いものを提供することでもない。
良いサービスとは何なのか、ヘルプとサポートの違い。与えればいいというものではない。
その中で私に何ができるのかを、教えてもらってきたのだと思います。
辿り着いたのは、何者かになることではない。何を提供するかでもない。
私は、私の人生を自分らしく楽しむこと。
「足すのではなく引く」「本来のあなたへ還る」というコンセプトは、こうした体験から生み出されてきたものです。