【親を亡くした 立ち直れない】孤独な心に寄り添う対話セッション

この記事を書いているのは2026年2月。立春が過ぎ、暦の上では春を迎えました。皆様にとって昨年はどのような一年でしたでしょう。

言葉にできない悲しみ…「親を亡くしたあと立ち直れない」と感じる貴方へ

大切な家族や友人、仲間、恩師...人生には大切な人との別れが予期せずやってきます。いずれ人には死が訪れる。そうわかっていても、やはり近しい人との別れは辛く、苦しく、心を覆ってしまいます。

年齢的なことだけを言えば、親を見送らなければならないこともどこかで私たちは知っているのだろうと思います。しかし、幼い頃から積み上げてきた年月の深さと同じように親をなうした時の心の傷もまた深く苦しいものだと思います。

それでも生きていかなければならない現実があります。この記事では、昨年母を亡くした体験をお話ししております。

【体験談】突然訪れた母との別れ|偉大な存在を失った大きな喪失感と葛藤

私にとって昨年は母の体調の変化から始まりました。

春に身体の痛みを訴え、救急搬送された母。簡易的な検査では大きな異常は見られず、一度はホッとしたものの、状況は一変。わずか四日後には、危篤状態になってしまったのです。

病院からの連絡を受け、急いで駆けつける道中、私は「きっと、また乗り越えてくれる」と信じて疑いませんでした。しかし現実は非情で、母の命の灯火はまさに消えようとしていました。

家族で見守りながら、どうしても受け入れがたい「覚悟」を決めなければならない瞬間が訪れます。それまで、母の手を握ることなど気恥ずかしくてできなかった私でしたが、その時は必死に手を握りしめました。そして、言葉では言い表せないほどの感謝を「ありがとう」の言葉に乗せて、夢中で伝え続けました。

「なぜ生きるのか」死への恐怖と人生の意味に向き合い続けた私の歩み

私に、家族に、大きな愛情を注ぎ続けてくれた母との別れ。両親が始めた事業を継承し、共に仕事をしてきた私にとっては、親であると同時に、偉大な上司を失った瞬間でもありました。それは、単に「親を亡くして寂しい」という言葉では到底言い表せない、あまりにも大きな喪失感でした。

それでも私は前を向き、母の分まで仕事を全うする覚悟を決めました。 

救われた言葉を次の誰かへ|メンタルケア&陶芸ヒーリングに込めた覚悟

そして同時に、もう一つの大きな覚悟を固めたのです。それが「メンタルケア&陶芸ヒーリング HANE」を本格的に始めるという覚悟でした。

その決断は、母を亡くしたから突発的に決めたわけでも、家業に何かが起きたから焦って始めたわけでもありません。若い頃からずっと自分の中で温め続けてきたものがようやく形になり、整ったタイミングが、ちょうどこの時期に重なったのです。

私は幼い頃から死を恐れ、人生の意味とは何か、求め続けてきました。

なぜ私は生まれ生き続けていくのだろう。人生の意味とは何なのか、その疑問に対する私なりの答えに辿り着いたこと。

もう一つは陶芸という私が取り組んできたことが、ヒーリングと融合すると教えられたからです。

そのきっかけも出会いであり、言葉があったから。

本来の自分へ還る場所|HANEの対話と土に触れるセッションが目指すもの

私に気づきを与えてくれた人たち、言葉たちのように、今度は私自身が、誰かにとっての「新しい出会い」や「救いとなる言葉」になれたなら。

私が悩み、迷っていたときに話を聞いてくれた人たちや、掛けていただいた言葉の数々が私を救ってくれたように、その有り難さを、今度は私から必要としている誰かへと繋いでいきたいのです。

HANEでは、対話によるセッションを行っています。また、私自身が陶芸を通して「今ここの感覚」に
深く集中できた体験をもとに、土に触れるセッションをお届けしています。

対話では絡まってしまった思考をほどき土に触れ自分の中に秘められている感性を取り戻していきます。

この二つの時間によって起きることは、「本来の自分へ還る」ということ。 そして、「自分が自分をそのまま認められるようになる」ということです。

大切な人を亡くした喪失感を一人で抱え込まず、今ここを生きる

「この人生は私のためにある」
「私はこれからも、私として生きていい」
あなたの明日が、少しでも輝くように。私にとって昨年は、そんな生涯の覚悟が決まった大切な一年でした。

「HANE」の詳しい案内やセッション内容については、ホームページもぜひご覧ください。ブログでは、生きづらさを手放すヒントや、自分らしさを取り戻し、明日を少し楽に生きるためのメッセージを綴っています。

「HANE」については、ホームぺーもご覧ください

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