【不運が続く 心理 理由】不満を学びに変えて現状を抜け出すコツ

私自身、かつては思うようにならない自分の人生を、長い間嘆いていた時期がありました。

「なぜ、自分ばかりこんな目に遭うのだろう……」

そう考え始めると、日常の些細な出来事でさえも、自分を試す大きな試練のように思えてしまうものです。

停滞期の焦燥感|「なぜ自分だけついてない」と人生を嘆いていた過去

このままの人生で終わりたくない。まだ何かできるはずだ。人生をガラリと変えたい――。 そう強く願った私は、運が良く生きている人たちが素敵な出会いによって人生を好転させるように、「変革の出会い」を求めて外へ出かけてみることにしました。

しかし、人生を一瞬で変えてくれるようなドラマチックな出会いなど、そう簡単にはありません。学生時代と違って、周りにたくさんの同世代や先生がいるわけでもなく、自分から積極的に動かなければ、誰との出会いも起きないのが現実です。

この記事では、かつて「誰かが自分を救ってくれるはずだ」と闇の中でもがいていた私の体験を通して、人生の停滞期から抜け出すためのヒントをお伝えします。

外側への依存|環境を変えれば人生が変わるという思い込みと現実の壁

当時の私は、ただ必死に「外側の世界」に救いを求めていました。自分の未だ気づいていない何かに気づかせてくれる誰かが、どこかにいるはず。きっとこの現状から抜け出すヒントが、どこかにあるはず――。

別の仕事に就いたなら、何か変わるのではないか。まったく別の場所へ移り住んだなら、何かが新しく始まるのではないか。

けれど結局、私は今も同じ仕事を続け、同じ場所に住み続けています。

変化の第一歩|仕事や住む場所ではなく「休日の過ごし方」を変えてみる

住む場所も仕事も変えられなかった私が、唯一変えたこと。それが「休日の過ごし方」でした。

自分の胸の内をそのまま打ち明けられる「誰か」を求め、僧侶との出会いを願って、多くのお寺を参拝するようになりました。神社へ参拝に出かけることも増え、講座を聞きに行くこともありました。

私は自分自身を本気で変えたい、と思っていました。 いつも不平不満を言っているだけの自分を。現状を抜け出す勇気さえ持てない自分を。 この自分自身が変わらなければ、ずっとこのまま、ただ時間だけが過ぎていってしまうに違いないと、焦りと恐怖を感じていたのです。

僧侶との出会い|なぜ生きづらいのか?原因は環境ではなく物事の捉え方だった

自分を諦めずに求める中で、やっとの思いで知り合えた一人の僧侶がいました。

それまで知らなかった世界を知り、新しい刺激をたくさん受けました。そこから不思議と縁が繋がり、次々と尊敬できる人たちや、心に深く刺さる言葉に出会えるようになっていきました。

そうして、あるとき、ふと自分の過去を振り返ってみたときです。 あんなに苦しかった日々のすべてが、実は自分にとって「かけがえのない大切な時間だったのだ」と、自然と感じられるようになっている自分に気づきました。

あの日々があったからこそ、今の私がいる。 あの日々の葛藤のすべてが、今の私を形作ってくれているのだと、深く腑に落ちたのです。

あんなに「人生がうまくいかない」と悲観していた毎日が、実は私に多くの「学び」をもたらしてくれていました。うまくいかなかったからこそ、私は多くのことを学べたのだと思えるのです。

私を取り巻く社会も、目の前の仕事も、何も変わってはいません。 変わったのは、環境ではなく「私自身」だったのです。物事の見え方や、過去の捉え方が、あの頃とは全く違ってきました。

出来事の意味を決めるもの|苦しい経験をこれからの人生の「学び」に変える

「人生がうまくいかなかった」のか、それとも「必要な学びだった」のか。
その出来事の意味を決めていたのは、他の誰でもない私自身でした。

あのまま、自分の殻の中に閉じこもり、周りへの不平不満を募らせていたら、今でも景色は何も変わっていなかったと思います。私に刺激をくれた人たちや、温かい言葉との出会いがあったからこそ、多くを学び、気づくことができました。あのありがたい出会いの数々には、今でも感謝しかありません。

人生は、いつからでも、どこにいても学ぶことができます。 いくつになったとしても、新しい誰かと出会うことも、まだ見ぬ新しい自分自身に出会うこともできます。

かつての私は、その出会いを求め続けても、実際の出会いや気づきを得るまでに、本当に長い時間がかかってしまいました。その間はまるで、出口の見えない暗闇の中を一人で彷徨い続けているようでした。

だからこそ、今の私は、かつて闇の中にいた私に出会い、静かに助言をくれたあの僧侶のような存在になりたい、と思っています。

一人で悩まなくて大丈夫。稲沢市HANEはあなたの荷物を降ろす場所

私は僧侶と出会い、人生の救いを得ました。 しかし、そこで学ばせていただいたのは、仏教の学問ではありません。私自身は僧侶でもありませんし、何かしらの宗教家でもありません。

ただ、かつての私のように「誰にも言えない思い」を抱えている方の、その胸の内をじっくりと聴く。 誰かに打ち明けることで、心がホッと軽くなり、安心して本来の自分へと戻っていける。

HANEは、あなたにとってそんな「いつでも還ってこられる温かい場所」でありたいと思っています。

今、人生がうまくいかないと一人で悩んでいるなら、その重い荷物を一度ここに降ろしてみませんか? あなたが「学び」を終えて、新しい見え方に出会えるまで、私はいつでもここで伴走します。

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