「どうしても手を抜けない」「キッチリさせておきたい」
「原因を確かめたい」「中途半端なままにしておけない」――。
つい物事を真面目に考えてしまい、
損ばかりの生き方に疲れていませんか?
「私はそういうタイプだから、どうしても変えられない」
と自分を嫌いになってしまう方も少なくありません。
しかし、私の経験から言うと、
その苦しさはあなたの性格のせいではなく、
心の「引き算」ができていないだけかもしれません。
この記事では、真面目すぎて手が抜けない本当の原因と、
無理に自分を変えようとせず、
ラクに生きるための心の整え方を解説します。
「そうしたい(欲求)」と「しなければならない(義務)」の決定的な違い
カウンセリングの現場や日常の中で、
「私はこういうタイプだから」「これが私の価値観だから」
という言葉をよく耳にします。
その一方で、
「あの出来事をきっかけに、私の価値観は180度変わりました」
という話を聞くこともあります。
あれほど自分の価値観にこだわっていたはずの人が、ある日突然、
まったく違う価値観へと変わってしまう。
そんな不思議な光景に出会うことがあります。
これらは、自分が心から望んだ価値観ではなく、
ただ「そうしなければいけないという思い込み」を、
本当の自分だと信じ込んでいるだけではないでしょうか。
何かにこだわるのは個人の自由です。
しかし、そのこだわりによって自分自身が苦しくなるのなら、
そのこだわりは「本当のあなた」ではないのかもしれません。
なぜなら、それが本当の自分らしさ(心からやりたいこと)
なのであれば、自分のことを嫌いになるはずがないからです。
損ばかりだと嘆くこともないはずです。
「そうしたいのか(欲求)」それとも
「そうしなければならないのか(義務)」。
この二つは、似ているようで大きく違います。
自分が「したいこと」には喜びがありますが、
「しなければならない」と感じることには辛さが伴います。
これこそが、まさにHANEが掲げる
「本来のあなたへ還る」ということの本質に関わってきます。
これまでに作り上げてきた「偽りの自分」として生きなければならないのか、
それとも「本当の自分」として生きるのかの違いです。
あなたがこれまで頑なに信じてきた自分は、
実は「無理を重ねてきた自分」かもしれないのです。
もしも「〜でなければならない」という思考で生きているなら、
自分自身だけでなく、周囲の人たちまで苦しくさせてしまいます。
なぜ真面目すぎる性格を無理に変えようとしてはいけないのか?
「真面目に生きなければならない。どんなことも深く考えて、
その全容を知っておかなければ気が済まない人間なのだ」
本当に、そうなのでしょうか。
そういう人間でなければならないと、
どこかで思い込んでいるだけではないでしょうか。
もし、本当のあなたが
「真面目で、深く考えたい人間」なのだとしたら、
「損ばかりだ」とは決して思わないでしょう。
そんな自分を嫌いにはならないでしょう。
そこに「無理」があるからこそ、苦しくなるのだと思います。
無理をして自分を作ってしまう。
その原因を、特定することはできません。
生まれてから今日に至るまでの長い時間のなかで、
周囲から受けた多くの影響と、
あなた自身の思考とが複雑に混ざり合って出来上がって
きたものだからです。
その自分をすべて否定し、
「今日から別の人になりましょう」とは言えません。
なぜなら、あなたはすでに気づいているからです。
「分かっているのに手を抜けない」「真面目すぎる」と、
自分自身を誰よりもよく知っています。
知っているからこそ、そんな自分が嫌になってしまうのです。
ただ、そういう自分になってしまった本当の原因と、
これから自分をどう扱っていけばいいのかが、
分からなくて立ち尽くしているのだと思います。
真面目すぎて損する自分を「変える」のではなく「認める」という引き算
私自身、人から「真面目だね」と言われることがありました。
確かに、ある部分においてはそうかもしれません。
しかし、片付けがどうしても苦手で、
出したものを出しっぱなしにしてしまうような一面もあり、
その部分は決して真面目とは言えません。
「私は〇〇な人間だ」
そもそも、最初から決まったタイプの人間など、
この世に存在するのでしょうか。
人間はそんなに単純な生き物ではなく、
一人の人間の中に、驚くほどさまざまな顔を持っています。
決して、たった一つの枠に押し込めることなどできません。
今の苦しい自分を、また別の
「新しい人間の枠」入れ替えようとするのも無理があります。
私は、今の自分を無理に変えようとするよりも、
まずは「認める」ことのほうが大切だと考えています。
そういう生き方しかできなかった自分を、まずは認める。
「本当は違う生き方がしたい」と思っている自分も、認める。
真面目すぎてしまうことも、損ばかりしてしまうことも、
自分のことが嫌いだと思ってしまうその気持ちさえも、
すべて一度、認めてしまうのです。
まとめ:不器用な自分を優しく見つめる時間を持つ
人間とは本来、多様で、矛盾に満ちた存在です。
自分の中にはたくさんの「異なる自分」がいて、
その時々に応じて、無意識に使い分けながら生きています。
手を抜けない自分も、片付けられない自分も、
すべて等身大の自分です。同じように、
他人もまたさまざまな顔を使い分けながら生きています。
こうした考え方こそが、HANEのコンセプトである
「足すのではなく引く」という生き方に繋がります。
自分を無理に変えようとしたり、
無理にコントロールしたりするのをやめること。
自分に別の生き方や、新しい考え方を「付け足す」のではなく、
今のすべてを認めた上で、
「自分の中にはどんな自分が隠れているのだろう」と、
ただ静かに自分自身を見つめてみるのです。
あなたは、自分のことが嫌いなのではありません。
ある特定の「こだわり」にとらわれて、
その部分の自分を認められなくなっているだけ。
あるいは、上手く扱えていないだけなのかもしれません。
そんな自分を、ジャッジすることなく、優しく見つめる時間を持ってみる。
その静かな時間のなかにこそ、
これからの「自分との心地よい付き合い方」が
見えてくるのではないでしょうか。
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