「自分がわからない」と一言で言っても、
その背景にある悩みは人それぞれです。
自分が何を考えているのかわからない、
何をしたいのかわからない、
これからどう生きていけばいいのかわからない……。
私私自身、これまでの人生で
そのすべての迷いを経験してきました。
社会や周囲に合わせようとするうちに自分を見失い、
「今のままの自分ではいけない」と焦って
自分を変えようとしては、さらに泥沼にはまっていく――。
そもそも「自分とは何か」を見つめ直そうとすればするほど、
不確かに揺らぐ自分に圧倒される日々でした。
ここでは、そんな私が実際に悩み、迷い、葛藤してきたプロセスを
いくつかの記事に分けてご紹介します。
今、暗闇の中にいるあなたにとって、
少しでも心を紐解くヒントになれば幸いです。
1. 「社会の枠組み」や「他人の目」の中で自分を見失っていた頃
私は、自分の「外側の世界」に合わせようとする中で、
本当の自分を見失っていきました。
同じような生きづらさを抱えている方は、
ぜひこれらの記事からのぞいてみてください。
・この社会の中でいかに生きれば良いのか、
わからなくなったときのこと
私はこの社会の中でいかに生きて行けば良いか、と悩んだ日々
・これが自分の役割だと思い、
そのために生きているうちに自分がわからなくなったこと
役割のために生きていた私は、何がしたかったのか
・私は私を生きているつもりだったのに、
それは思い込みに過ぎなかったと思ってしまったこと
私は正しい?|私の思い込みが崩れたとき
・他人からの評価を気にして自分がわからなくなったこと
評価を気にした私は、自分を見失っていった
・人生を楽しむことが出来なくなり
夢中になれることを探した日々のこと
人生を楽しめない私は、夢中になれるものを探していた
2. 「自分がわからない」からこそ、何者かになろうともがいた日々
自分がわからなくなった私は、
心のどこかで諦めそうになりながらも、
「何者かになることで、胸を張って生きていきたい」と
必死に挑戦を続けました。
その当時の泥臭い葛藤の記録です。
・私が、自分を見失ってしまった原因について
私はなぜ「何者か」になりたかったのか|このままの自分ではいけないと思っていた
・あきらめてしまいそうな私と挑戦しようとする私がいました
諦めてしまいそうな私|挑戦しようとする私がいた
・否定してきた私自身を受け入れたときのことについて
否定してきた私自身を受け入れたとき|キューブラーロスの言葉
・自分が劣っていると感じるときは変化のサインだと思えたこと
自分が劣っていると感じるときは、変化のサイン|成長への勇気
3. 視点が変わった「出会い」と、何者でもない自分への帰還
そんな迷走を続けていた私に、
再び自分と向き合う決定的なきっかけが訪れます。
一人の青年僧との出会い。
そして、私の価値観を根底から揺るがす
「一つの言葉」との出会いでした。
そこから私はどのようにして
「何者でもない自分」を受け入れ、
楽に生きられるようになったのか。
私の視点がガラリと変わったターニングポイントの物語です。
・「なぜ何者かにならなければならないのか」という言葉との出会い
40代、別の人生を生きようとした私が、原点に返るまで
・気づいていなかった自分というものに気づいた体験
知らなかった自分に出会う|坐禅体験でのこと
そのとき、
迷いは少しずつ静まり、
「一人の私」として生きていく感覚が生まれます。
見失った自分を取り戻すために
様々な体験から、私なりに気づかされてきた
見失ってしまった自分を取り戻す方法を
紹介しております。
・自分との向き合い方について
真面目すぎる自分が嫌い…損ばかりで手を抜けない原因と心を緩める引き算
・人生を旅としてたとえてみることで、
苦しさを紐解いていけるのではないだろうか
人生を「旅」として捉えてみる|苦しさを紐解くヒント
・自分らしさとは何かを紐解いてみました
「自分らしくあらねばならない」という思い込み
最後に
もし今、違和感を感じているのなら。
それは間違いではなく、
本来の自分からのサインかもしれません。
無理に変わろうとせず、
ただ一度、「還る」という選択を。
そのための場所が、HANEです。
ホームページはこちらから
セッションについてはこちらから
コメント