自己探求を続けた日々|より良い人生を求めて

「このままの人生で良いのだろうか」

「もっと自分を生かせる、別の生き方があるんじゃないか」

人生の途中で、ふと立ち止まり、
そんな疑問を抱くことがあります。

今の生き方に大きな不満があるわけではない。
しかし、どこか満たされない。

もっと自分を生かせる人生があるのではないか。
もっと自分らしく生きられるのではないか。
そう感じる人は少なくないと思います。

私自身、長い間「自分とは何か」を探し続けてきました。

この記事では、私が経験してきた自己探求の日々を通して、

・なぜ自分がわからなくなったのか
・なぜ何者かになろうとしたのか
・本当の自己探求とは何だったのか

私の失敗や気づきを交えながら綴っていきます。

良い子でいようとして自分の本心を隠した子供時代

私が「自分とは何か」を考え始めたのは、
小学5〜6年生頃だったように思います。

店舗兼住宅だった我が家には、
頻繁にお客様が来ていました。

挨拶をするのは当たり前。
失礼のない受け答えをするのも当たり前。
教育熱心だった親からは、
毎日の予習復習も求められていました。

私は親の期待に応えようと、
自分なりに「良い子」でいようとしていました。

しかし、本当は苦しかったのです。

勉強は嫌でした。学校も好きではありませんでした。
本当は野球がしたかった。

ハッキリとそう言えばよかったのかもしれません。

けれど当時の私は、
自分の本当の気持ちを胸の奥に隠してしまいました。

「言いたいことも言えない。
野球がしたいと思うのも、ただの逃げ口実なのかもしれない」

親に従いながら自分の本心がどこにあるのか分からなくなり、
幼いながらに「僕は一体、何がしたいんだろう」と、
自分を見失っていきました。

私は次第に、
「自分は本当は何がしたいのだろう」
と考えるようになっていきました。

思春期になると、疑問はさらに大きくなっていきました。

・なぜ学校へ行くのか
・なぜ勉強するのか
・私は何をしたいのか
・どんな人生を生きるのか

何もわからない。
何を考えているのかさえ、自分でわからない。
将来への不安だけが大きくなっていきました。

しかし、だからといって何かを変える勇気もありません。
私は流されるように進学し、
家業継承のための専門学校へ進みました。

何も考えなければ楽だったのです。

社会に出て役割を演じても「本当の自分」は見つからなかった

人生は不思議なもので、
私は卒業した専門学校の教員になることができました。

子供の頃に憧れていた職業に就けたことで
「これで自分が見つかるかもしれない」
そう思いました。

しかし、今度は、
「私は良い教師になれているのだろうか」
という疑問が始まります。

教育者としての理想を追い求めるほど、
自分に自信が持てなくなっていきました。
良い教育者としての自分が見つからないのです。

教員、経営者、父親…外側の正解を求め続けた日々

自分を見つけたい。そう願って

教員を辞めた私は、父の事業を継承しました。

経営者として成果を出せば、
自分を見つけられるかもしれない。
そう思っていました。

しかし、そこでも自分は見つけられませんでした。

父親となった私は、
・父としての自分、
・子供たちにとっての自分
を模索しました。
今度こそ自分らしく生き、生きている実感を持つのだと。

子供たちがスポーツを始めると、
その成長を支えること(良き父親でいること)が
自分の役割だと思い込みました。

「これこそ、本当の自分」

そう信じていたのです。

結局、私は間違いを犯し、再び

「自分とは何か」を問い直すことになります。

私がしていたのは「自己探求」ではなく、理想の「自分作り」だった

40代になった頃、私は人生を振り返りながら、
反省ばかりしていました。

「私は何をしてきたのだろう」

教員としても、経営者としても、父親としても、
中途半端だったように思えたのです。

・本当の自分とは何か?
・どう生きれば良いのか?
・何者になれば満足できるのか?

自分という闇の中へ再び迷い込んでいきました。

しかし今振り返ると、当時の私は
「自己探求」をしていたのではありません。

不満を上げて、別の誰かのようになりたいのです。
自分探しというより、自分作りです。

どういう自分を作れば満足できるか、
どういう自分が理想なのかをずっと考え続けていただけです。

「なぜ何者かにならなければいけないのか」僧侶の言葉と本来の自分

そんな私を変えたのが、一人の僧侶との出会いでした。

その僧侶は、私にこう言いました。

「なぜ何者かにならなければいけないのか」

その言葉は、私の本質を見抜いていました。

私が行ってきた自分探しは
自分の外側の世界を見ているだけで、
本当の自分、自分の内面へ入ってはいなかったのです。

それまでの私は、自分というものは
努力して「作るもの」だと思っていました。

しかし、自分とは、自分の中にあるものだったのです。

「何になるか」ではなく、

「自分の中に何があるのか」

を見つめること。それこそが本質でした。

生まれながらに誰もが持っている「独自の種(タネ)」

作り出す自分ではなく、
自分に備わっているものがあるのではないか。

「人は生まれながらに何かを持っているのではないか」

そう思わせてくれたのは、二人の子供たちの存在でした。

人は誰もが、真っ白な状態で生まれ、
生きていく中で自分なりの色を身につけていくのだ
と私は思っていました。

しかし、二人の誕生を思い返してみると、
胎児の時からすでに明らかな違いがあったのです。

お腹の中で活発に動き回っていた子は、
生まれてからも活発。
おとなしかった子は、生まれてからもおとなしい。

生まれながらに、その子らしさがあるように感じたのです。

そう考えると、私自身にも、生まれながら持っていたものが
あったのではないかと思えました。

その違いは、生まれながらにその子に備わっていた
「固有の性質」に他なりません。

生まれ来る子供に説明書はついていなくても、
私たちは誰もが、生まれ持った独自の種(タネ)を持って
この世に誕生してくるのではないだろうか。

今の私は「作られてきた私」でもある

今の私は作られ、また、自分でも作ってきた私です。

本来の意味で成長してきたかどうかわかりません。

米の種子からはお米ができます。
小麦の種子からは小麦ができます。
では、私はどうだったのだろう。

私という存在を成長させてきたのだろうか。
私は私とは違うものになろうとして来なかっただろうか。

今の私は、
・親の影響
・教育
・出会い
・経験
・苦しみ
・失敗

そうしたすべてによって作られてきた私でもあります。

しかし同時に、「本来の私」
も、ずっと存在していたのではないかと思うのです。

私は別の誰かになろうとしていた。
けれど本当は、「私」を生きれば良かったのかもしれません。

すべての出来事に意味があった。人生の流れと共に生きていく

今振り返ると、

苦しかったこと
逃げ出したかったこと
間違えたこと
迷ったこと

そのすべてが必要だったように思えます。

「有り難い」という言葉は、
「有ることが難しい」と書きます。

嬉しい出来事だけではありません。

「何者かになるんだ」と躍起になって
自分作りを頑張っていた時間でさえ、
偶然のようで必然だったのかもしれません。

考えようによって、すべてが有り難い出来事になります。

だから今は、人生に起きたことを少しずつ
受け入れられるようになりました。

私は今も、「本当の自分とは何か」を
完全に理解したとは言えません。

自分というものの源流を発見できたのかと聞かれたなら、
わかりません。

ただ、私は流れに従って生きていると思えます。

私はこの流れと共に生きていくだけです。

どんな川の流れも海へと向かうように
私の人生の流れも行きつく先があります。

そこへ向かって流れていくだけです。

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