【何のために生きているのか】トルストイの名著から学ぶ自分への還り方

人生には思わぬ巡り会わせがあるものです。一冊の本を読んでいると、その中に別の本の紹介がある。その本の中に、また別の本の紹介がある。やがて、思いもよらない素敵な作品に辿り着く。そんな一冊との出会いと、「何のために生きるのか」という問い二つがぴたりと重なった体験をご紹介したいと思います。

不思議な巡り合わせ|本棚に眠っていたトルストイ『イワン・イリッチの死』

先日、買ったまま積まれていた本の中から、一冊を手に取りました。レフ・トルストイの『イワン・イリッチの死』です。(『イワン・イリイチの死』)

なぜこの本を購入したのか、実ははっきり思い出せません。どこかの本で紹介されていて、気になって購入したのは確かです。

けれど読むことなく、本棚に積まれたままになっていました。それが今、セッションを始めるこのタイミングで読むことになった。不思議な巡り合わせだと感じています。

理想と現実の乖離|なぜ私たちは社会的成功を追いかけるほど自分を失うのか

私は、愛知県稲沢市に「HANE」という場所をつくり、ホームページに「あなたへ還る」という言葉を掲げています。

しかし正直に言えば、「あなたへ還る」その言葉の意味を、的確に表現するのは難しいと感じていました。

「本来のあなたへ戻る」「自分らしい生き方を取り戻す」そう説明しても、どこか抽象的です。

けれどこの作品は、私が伝えたいことを、そのまま表していると感じました。

なぜ私たちは“自分らしく生きる”ことを見失うのか人生が辛くなる理由の一つは、自分らしさを見失うことにあると私は思っています。私たちは将来を思い描きます。
・金銭的に安定したい
・人から評価されたい
・健康でありたい
・誰かに認められたい
・理想の自分になりたい

理想や希望を持つことは、決して悪いことではありません。むしろ未来へ向かうために大切なものです。けれど、ここに落とし穴があります。思い描く理想と、自分らしい生き方は必ずしも同じではない。
・私は長い間、努力し続けなければならない
・評価される人間でなければならない
・何者かにならなければならない
そう思い込んできました。

しかしその「何者か」が何なのか、実は分からないまま走り続けていたのです。

死の間際の魂の対話|作られた栄光に隠された「生き方の間違い」と猛烈な虚無感

『イワン・イリッチの死』は、社会的な成功を追いかけた男が、死を目前にして自分の人生を振り返る物語です。

外から見れば順調な人生。けれど彼は最期に問い始めます。「自分の人生は、本当に正しかったのか」この問いは、特別な人のものではありません。

生きづらさを感じている人
比較してしまう人
正解を求め続けてきた人
40代、50代で人生を見直したくなった人
そうした人の胸にも、湧き上がる問いです。

作品の一部を抜粋します。
病に侵された自分の死を悟った主人公の内部に湧き上がる思想の流れ、魂に耳を傾かるかのようであった「一体お前は何が必要なんだ」その声に「何が?苦しまないことだ生きることだ」と彼は答えた。「生きる?どう生きるのだ」と心の声が訪ねた。「何いままで生きてきたのと同じように生きるのだ気持ち良く愉快に」「今まで生きてきたように気持ちよく愉快に」と心の声が訪ねた。で、彼は自分の想像の内で過去の愉快な生活の中でもとりわけ裕福な瞬間をより分け始めた。しかし―。
何もかも、幼少時代の最初の追憶を除くほか、ことごとくそうであった。幼年自体には全く何かしら気持ちいいものがあって、もしその時代が返ってきたら、それを楽しみに生きていけるような気がした。しかし、この愉快さを経験した人間はすでにいない。

幼根時代から遠ざかって現代に近づけば近づくほど、喜びはますますつまらない疑わしいものになってきた。その後、学生時代、社会人としての生活、そして今の自分にも、生き方が道にはずれていたのかもしれない?そんな考えが頭に浮かぶのでした。

主人公の彼は裁判所に勤務し妻も子供もいます。良い勤務先につき世間的に正しいものを選び続けた人です。成功する自分、評価される自分、社会的に正しい。他者にとって羨ましい。そんな基準で生きた人でした。

私は単に幼い頃の自分に還ることが本来の姿であるとは思っていません。そんなに単純ではないと知っています。しかし、主人公が感じてしまった死を前にした虚無感のような思い。その思いを持ってしまった原因の根底には、自分が本当に求めていた物とは違う人生があったということです。

この作品には、先ほど抜粋した中の、主人公が行う心の声との対話。本当に望むもの、人生への問い。最終的には死を受容していく姿。そうしたものが、すべてとてもよく表現されています。

「あなたへ還る」の定義|飾られていない素直な感覚を取り戻すための心の引き算

私にとって「あなたへ還る」とは、社会的に正しい自分に戻ることではありません。理想像に近づくことでもありません。他者から評価される自分になることでもありません。

それは、
〜でなければならない
もっと努力しなければならない
何者かにならなければならない

そうした思い込みを、一度ほどくこと。そしてその先にある、飾られていない素直な感覚に触れること。それが「あなたへ還る」ということです。多くの場合、私たちは新しい知識を足す、スキルを足す、
肩書きを足す、実績を足。そうしたことで安心しようとします。

けれど、「足すのではなく、引く」評価や比較、正解探しを一度脇に置く。そのとき初めて、「自分は本当はどう感じているのか」に気づき始めます。

終わりなき武装の限界|新しい知識や肩書きを足しても心が満たされない理由

『イワン・イリッチの死』を読み終え、私は改めて自分に問いかけました。

「私は今、自分らしく生きているだろうか」私はこの「HANE」と言う場所が自分らしさです。

「あなたは今、自分らしく生きているでしょうか」この問いは、答えを急ぐものではありません。

けれど、生きづらさを感じたときこそ立ち止まり、問い直す価値があります。

愛知県稲沢市|対話と土に触れ心を整える場所「HANE」

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・私が「本来の自分へ還る」という生き方に至るまでの歩みはこちら
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