何者かになるのではなく、本来の自分へ還る|HANEの想い

「このままの自分で良いのだろうか」 「もっと自分を生かせる、別の生き方があるんじゃないか」

人生の途中で、ふと立ち止まり、そんな疑問を抱くことがあります。 今の自分に大きな不満があるわけではない。しかし、どこか満たされない。もっと自分を生かせるのではないか、もっと自分らしく生きられるのではないか。そう感じる人は少なくないと思います。

私自身、長い間「自分とは何か」を探し続けてきました。

この記事では、私が経験してきた自己探求の日々を通して、

・なぜ自分がわからなくなったのか ・なぜ何者かになろうとしたのか ・本当の自己探求とは何だったのか

私の失敗や気づきを交えながら綴っていきます。

言えない本心|「良い子」を演じながら自分を見失っていった少年時代

私の根本には、幼い頃に感じてしまった死の恐怖があります。 テレビで見る人の死。現実にも祖父の死を体験した私は、死んでしまったらどうなるのか、出るはずのない答えを探してしまいました。

人はやがて死にます。それなのに、なぜ生まれるのか、なぜ生きなければならないのか。生きることに何の意味があるのかわからない。だからといって、死んでしまうのはもっと恐ろしい。

さらに、小学5〜6年生頃になると、「自分とは何か」を考え始めるようになっていました。

店舗兼住宅だった我が家には、頻繁にお客様がやってきます。挨拶をするのは当たり前。失礼のない受け答えをするのも当たり前でした。

親が私に求めたのはそれだけではありません。教育に熱心で、良い成績を取るのは当たり前。そのために毎日の予習復習や、問題集による学習も求められていました。

私は親の期待に応えるために、自分なりの「良い子」、良い成績をとり、学級委員に選ばれる子であり続けようとしました。

しかし、本当は苦しかったのです。 勉強は嫌でした。学校も好きではありませんでした。本当は野球がしたかった。

ハッキリとそう言えばよかったのかもしれません。けれど当時の私は、自分の本当の気持ちを胸の奥に隠してしまいました。

「言いたいことも言えない。野球がしたいと思うのも、ただの逃げ口実なのかもしれない」

親に従いながら自分の本心がどこにあるのか分からなくなり、幼いながらに「僕は一体、何がしたいんだろう」と、自分を見失っていきました。

私は次第に、「自分とは?」と考えるようになっていきました。 思春期になると、疑問はさらに大きくなっていきました。

・なぜ学校へ行くのか ・なぜ勉強するのか ・私は何をしたいのか ・どんな人生を生きるのか

何もわからない。何を考えているのかさえ、自分でわからない。この自分で生き続けることはできるのだろうか。不安だけが大きくなっていきました。

良い子でいることではなく、反発することで自分を主張するようになっていきました。だからといって自分に目標があるわけでもなく、ただ不満とやり場のない苛立ちがあるだけ。どこか投げやりになっていきました。

やる気などなく、何のために勉強しているのかわからない。ただ流されるように進学し、家業継承のための専門学校へ進みました。何も考えないようにしていれば楽だったのです。

外側の正解|教員、経営者、父親。役割を完璧に作ろうとした日々の葛藤

人生は不思議なもので、私の目の前に通っている専門学校の教員への道が現れました。それは「自分とは何か」という疑問の答えになるように思えました。自分が憧れを持った仕事に就けるかもしれない。何のために生きるのか、自分の生きる意味が見つかるかもしれない。初めて真剣に勉強する理由が見つかりました。

憧れていた職業への就職が決まったときは「これで自分が見つかるかもしれない」そう思いました。

しかし今度は、「私は良い教師になれているのだろうか」という疑問が始まります。教育者としての理想を追い求めるほど、自分に自信が持てなくなっていきました。良い教育者としての自分が見つからないのです。もしかしたら私という人間は、教員には向いていなかったのではないか。これが自分のすべきことだったのだろうか。

私が教員として目指したことは、ただ教科書に書いてあることをわかりやすく説明するだけでなく、楽しくてわかりやすい授業をすること。また学習だけでなく、学生さんたちに寄り添うことでした。将来の悩み、今抱えている問題があるのならそれに応えたい。かつて私が担任の先生の存在に助けられたように、学生さんたちの力になりたい。彼らににとってこの学校が楽しい場所であって欲しい。有意義な学生生活を送ってほしいと思っていました。

それを実現できているのか。様々な制約がある学校という組織の中で、私がしたいこと、できることには隔たりがあるように感じてしまいました。「これが私のしたかったことなのだろうか」わからなくなっていきました。自分の理想と現実の間を彷徨ってしまったのです。

自分を生かす場所を見つけたい。迷いの中にいた私は学校をやめ、父の事業を継承してみようと考えるようになりました。私を生かす道は教育ではなかったかもしれない。事業経営に自分の適性はあるのかもしれない。父が行ってきた事業に私が加わることで新しく何かが起こせるかもしれない。私の力を発揮できるかもしれない。

しかし実際に仕事をしてみると、想像とは違い現現実変えられませんでした。父の力の大きさに圧倒されます。その中で私に何ができるか、自分にできることをこなしていく日々でした。理想と現実に再び私は生き方に迷うのでした。

結婚し子供に恵まれ父親となった私は、父としての自分、子供たちにとっての自分を模索しました。今度こそ自分らしく生き、生きている実感を持つのだと。成長を支えること(良き父親でいること)が自分の役割だと思い込みました。「これこそ、本当の自分」そう信じたかったのです。

子供たちがスポーツを始めると、私も夢中になりました。試合に出場するようになると、一試合でも多く勝てるように共に練習する日々が始まりました。コーチに教えていただいたことを反復練習させます。どうしたら勝てるようになるか戦略を立て、その通りにプレーさせます。

それで結果が出たことで私はエスカレートしていきました。私は正しい、私のやり方に従ったなら強くなれる。

次第に子供たちは私を気にするようになっていきました。試合中、何度も私を見ます。機嫌はどうだろう。怒っていないだろうか。子供たちは、対戦相手と戦いながら、自分の父親とも戦っているような状態になっていたのです。

思春期を迎え自立へと向かう時期が来ても、私は自分の理想を押し付け続けてしまいました。子供には子供の目指すプレーがあったでしょう。私は一方的に押し付けるだけで子供の意見など聞く耳さえありません。当然、無理をすれば歪が生じます。

不調に陥る子供たちの姿、常に私の暴走を止めようとしていた妻。

ある時、私は自分の間違いに気づかされます。そして、再び自分とは何かを問い直すのでした。

届かない言葉|技術や知識を詰め込んでも、変わらなかった「どうにかしたい思い」

子供のために、役に立とうとしてきたはずが、いつしか自分を満たすためになっていたのではないか。もう一度復活させたい。もう一度勝ちあがっていけるようにしたい。そのために私にできることをしなければ。

親としてどうあるべきか。コーチングについて。話し方伝え方、質問の仕方。 毒親など親について書かれた本、名監督、名コーチ、有名な選手が書いた本、コーチングの本、質問の仕方、話し方の本、メンタ練ーニング、そして、自己啓発へ。

思いつくまま様々な知識を詰め込みました。子供たちと共に過ごす時間は多くは残っていませんでした。何とか残された時間で役に立ちたい。焦りと、間違いを取り戻したい思いから必死になっていました。

様々な勉強をして、話し方を変えました。質問の仕方も変えました。コーチングとは本人が目標とするところへ行くための手助けであり、あくまでも主役は子供だと理解したつもりでした。

しかし、私の言葉は子供たちには届きませんでした。

「なぜ私の言葉は子供たちに届かないのか」

その理由は、とても簡単でした。 「私の言葉」だったからです。

正確に言うなら、これまでに積み上げてきた私から出た「作られた言葉」だったからです。どんな技術を身につけようと、私は変わってはいなかったのです。

話し方は変わったでしょう。伝えることも変わりました。姿勢も声のトーンも。それでも、変わらない私の中にある「どうにかしたい思い」は消えてはいなかったのです。

私は変わりたいと思いました。今の自分ではない何者かになりたい。そうすれば、こじれさせてしまった子供との関係を取り戻せるのではないか。

私がしてきたことは理想の自分作りでした。どういう自分になれば満足できるか。 求められていたであろう良い子を演じることに疲れ、自分らしくありたいけれど、どのように生きれば良いかわからず、不満をあげて別の誰かのようになりたいと願う。具体的な誰かというより、自分のぼんやりとした理想を探し求めていたのでしょう。どういう自分を作れば満足できるのか、どういう自分が理想なのか、ずっと考え続けていただけです。

私が行ってきた自分探しは、自分の外側の世界を見ているだけで、本当の自分、自分の内面へ入ってはいなかったのです。

崩壊と覚醒|坐禅との出会い。自分を作る努力をやめ、すべてを解き放つ

それまでの私は、自分というものは努力して「作るもの」だと思っていました。 しかし、自分とは、自分の中にあるものだったのです。

それに気づかせてくれたのは坐禅との出会いでした。それまでの私の考え方、物事の捉え方を良い意味で壊してくれました。

私が思う常識は、常識なのか。私の先入観、価値観、物事の捉え方や、考え方。それらは「正しいのか?」

そうした身につけてきたすべてを解き放ち、自分を知ることが必要だったのです。

「何者になるか」ではなく、「自分の中に何があるのか」を見つめること。それこそが本質でした。

行き着いたのは、自分が自分を知らないということでした。

きっと親は、こういう子供を求めているのだろうと想像し、良い子になろうとしたこと。理想を追い求めることが良い教育者だと思い込んでいた教員時代。親を超え私の存在意義を示そうとしたことも、子供のためといいながら勝手な理想を掲げて突き進んだことも、すべては、それが自分の役割だと思い込んでしまったからです。

自分とは何か、どう生きればよいかわからない苛立ちを何かのせいにして逃避していた学生時代も、自分の役割が見つけられない自分への怒りだったのだと思います。

本来の自分へ還る|背負ってきた偽りの役割を降ろし、あなたらしく輝く場所「HANE」

この記事を読んでいただいている方の中にも、私と同じように何かのために役割を生きてしまい、自分を見失ってしまった方もいるのではないでしょうか。 「こんなはずではなかった」など、生きづらさを感じてしまっている方もいるでしょう。誰かが変わってくれたら、環境が変えられたらと思っている方もいるでしょう。現状を変えるために努力している方もいるのではないでしょうか。

もし、知識や能力を向上させよう、精神的な成長を目指そうとして体験や学びを続けているにもかかわらず、何かしら違和感を覚えているのなら、作られてきた自分に更に何かを加えていくことに無理が生じているのではないでしょうか。

何かしらの役割を果たさなければならないなど「〜しなければならない」思考を続けていけば、自分というものがないがしろになっていきます。頑張れば頑張るほど自分を押し殺さなければならないとすれば、苦しくなってしまいます。

社会のために、役割のために生きることは、自分を何者かに作り変えることではないと思います。自分自身が伸び伸びと自分を発揮する、輝いていることが周囲を照らすのではないでしょうか。元気に生き生きと楽しむ。そのためにも偽りのない自分で生きていただけたらと思います。

本来の自分を生きることが、自分のためであり、社会のためになる。

私が坐禅や様々な学びを通じて行きついたのは、何者かになることではなく、作られてきたもの、作ってきたものを少しずつ降ろしていくことです。それは、「本来の自分へ還る」ということです。

「〜しなければならない」ではなく、「したい」と思える。役割のためでなく、自分がしたいと思えることをする。誰かのためや、周囲の評価のためではなく、自分のために。

それは決して、わがままに生きることではありません。人間は社会的生き物です。本来、私たちはつながりあい、それぞれがそれぞれの役割を果たしながらこの社会を支え合っています。自分が自分らしく輝いて生きる。そのために本来の自分を生きていただけたら。

それを体験していただきたいと思い、私はこのHANEを作りました。

本来の自分へ還る。その答えはご自身の中にあります。私はそこへ還っていくお手伝いができたらと思っています。

HANEは、何かを足そうとはしません。何かを教えようともしません。背負ってきたものを少しずつ降ろしていき、現れてくる本来のあなたと出会う場所です。

HANEでは、「本来の自分へ還る」をテーマに、一対一の対話と土に触れる時間を通して、自分を見つめ直すお手伝いをしています。

もしこの記事を読んで、「胸の内を打ち明けてみたい」「話をしてみたい」と思われたなら、いつでもお待ちしています。

「土に触れる時間」とは何かと思われた方も、セッションの詳細をご覧ください>

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