「マインドフルネス瞑想を試してみたけれど、雑念だらけになって全く集中できない」
「途中で眠くなってしまい、自分には向いていないのではないか……」
そんな風に悩んでいませんか?
ネットで調べてみると、マインドフルネスとは「今この時に意識を向ける」「物事をありのままに見る」「批判や判断の加わらない気づきを得る」などと書かれており、正しくできずに落ち込んでしまう方も多いようです。
しかし、長年瞑想を日課としてきた経験からお伝えすると、瞑想中に雑念が湧くのも、眠くなってしまうのも、実は全く問題ありません。
この記事では、瞑想で雑念だらけになってしまう本当の原因と、何かを得るためではなく「心を自由にするため」の私なりの瞑想との付き合い方について、実体験を交えて優しく解説できたらと思います。
マインドフルネスが雑念だらけになる…正しくできずに悩んでしまう心理
マインドフルネスと調べてみますと、今この時に意識を向ける。物事をありのままに見る。
批判や判断の加わらない気づきを得る。自分の心の状態を観察するなどと書かれています。
私自身が実践してきたものは瞑想ですので、マインドフルネスのことは深くはわかりませんが、瞑想の体験からお話しできたらと思います。
瞑想と一言で言っても、その実践方法は多様です。
・ろうそくの炎を見続ける。
・自分の呼吸を数え続ける。
・何も考えず自然の一部へと溶け込んでいく。
・内観(自分という物を観察する)
姿勢についても、座禅を組むこともあれば、座ったまま立ったまま、あるいは寝転んでおこなうこともあります。目を閉じるか、半開き(半眼)にするかなど多くの考え方があります。
私自身、瞑想は長年生活の一部と言って良いほど続けていますが、未だに雑念だらけの自分にあきれるほどです。
瞑想中に眠くなる・集中できない人に知ってほしい「お坊さんからの言葉」
瞑想を学び実践し始めたころの私は、それが瞑想と言えるのかというありさまでした。ある時は雑念がグルグルと頭を巡り、全く落ち着くことなど出来ず。またある時は静かになれたと思ったとたん眠ってしまったり。とても瞑想できていると言える状態にはなれませんでした。
そんなある日、ある僧侶の方に相談してみました。「瞑想していると眠ってしまっていることがあります」と。
するとその僧侶は、「瞑想しながら眠ってしまうと気持ち良いですよね」と平然と笑みさえ浮かべながら仰るのです。
その言葉を聞いた瞬間、思わず肩の力が抜けました。瞑想は「こうしなければならない」とムキになってするものではない。そう知ってから随分と気持ちが楽になりました。
始めた頃は10分じっとしているのも難しかったのですが、今は線香一本分(40分ほど)の瞑想が日課となっています。
では、今は瞑想に集中できているかと聞かれたら、決してそんなことはありません。未だに寝落ちしてしまう日がありますし、雑念がグルグルしている時もあります。
しかし、それでいいと思っています。「理想的な美しい瞑想」はできていなくても、私自身の中に少しずつ穏やかな変化が起きている。それだけで十分と思えるようになりました。
なぜ瞑想で自分を追い詰める?無になろうと焦る「成果の罠」の原因
そう言っている私も瞑想を始めた頃は必死でした。「無になるのだ、集中するのだ、何かを得るのだ」「毎日そのために時間を使っているのだから、見返りと言うか、成果がなければ取り組んでいる意味がないではないか」
そんな「成果の罠」に完全に縛られていたのです。眠ってしまう自分をダメな奴だと責め、
集中しきれない自分に腹を立てていたこともあります。僧侶に悩みを打ち明けたときも、
本当は「それではダメだ」と、いさめてもらうつもりでした。ところが返ってきたのは全く違う温かな反応でした。
また、こんなアドバイスをもらったこともあります。
「音を感じる、温度を感じる、自分がいるその場所で、今起きていることをあるがままに感じてみる」
それまでの私にはなかった瞑想の仕方でした。要は、「なぜあなた自身を、その空間から切り離そうとするのですか」と尋ねられていたのです。「あなたもこの場の一部なのです。すべてのつながりの中にあなたも含まれているのですよ」と。
私は私を変えたいと思っていました、私が考えていたのは私のこと。感じようとしていたのも私のことだけ。
自分を変えるために必死になっていたのです。それは自然と共にいる状態とは全く違いました。自分もまた神羅万象の一部なのだと気づきもしなかった私がいたのです。
空間とつながる心地よさ|正解を求める足し算から「自由になる引き算」へ
瞑想によって「どうならなければならない」と言った正解などないのだと思います。
しかし当時の私は、「何かしらの正解があるに違いない、正しい瞑想をして正しい人間になるのだ」と力んでいました。
それは自分を更に追い込むための苦しい時間でしかありませんでした。ぜひ、私と同じような「何かを求めるため」の瞑想ではなく、「自由になるため」の瞑想をしてみてほしいと思います。
雑念だらけの自分でも良いと思います。眠ってしまっても構いません。続けていくうちにふと
「何のために瞑想しているのか」気づくときが来ます。
自分も今、この瞬間のすべてとつながっている。その安心感がわかる時がきっと来ます。瞑想に正解はありません。ぜひ、今のそのままの状態で、瞑想の時間を楽しんでみてください。
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