人生の途中で、ふと「何のために生きているのだろう」と考えてしまうことがありました。
そんな考えが浮かんだのは、「何かのために生きていたい」「この人生が無意味なものだとは思いたくない」生きる意味が欲しかったからだったと思います。
そんなとき、「私に何ができるだろう」と自分にできそうなことを探してみる。何に興味があるのか、何になら没頭できるのか必死に考えました。
しかし、どれだけ考えても答えが見つからない。どんどん自分がわからなくなってしまいました。私は考えすぎていました。今ならわかります。考えることで、自分を苦しめていたのだと。
思考の限界|生きる意味は頭で「考えるもの」ではなく、心で「感じるもの」
「何のために生きているか」は、生きている中で自然に実感するものではないでしょうか。
「私は、このために生きていたのだ」――。それは、始める前に意味があったからスタートしたというより、何かをしている中で、ふと気づくものだと思うのです。
どれだけ頭で考えても、何をすれば良いか見つけることは難しいと思います。それは、生きる意味とは頭で「考えるもの」ではなく、心で「感じるもの」だからです。
やってみなければわからない。実際に動いてみることによって、「このために私は生きているのだ」と感じられるものではないかと思います。
予想の罠|頭で未来を予測するほど、始める前に尻込みしてしまう理由
私自身、何をすれば良いか考え、探し求めてしまいました。
それまでに経験したことがあるものとは違う「何か」を求めたのです。立ち止まり、どこへ向かって生きるべきか、何を始めてみるべきかを必死に考えました。
何をすれば望む結果が出るか、つい未来を想像してしまいます。それまでの経験があるからこそ、予想が働いてしまうのです。「きっとこうなるに違いない」と未来を予想してしまうと、始める前に尻込みをしてしまいました。
「やってみなければわからない」と分かってはいても、やる前から結末が想像できてしまうなら、始める気持ちになれませんでした。その想像自体が間違っているとは、当時は思いもしなかったのです。
また、「良い結果が出るだろう」と想像して始めてみたこともあります。どうすれば望む結果が得られるか、考えた通りに進めてみます。
しかし、思うような結果が出ない。「どこが間違っていたのか」「やり方は正しかっただろうか」と、再び考えてしまいます。思うような結果が出ないことで、かえってやる気を失ってしまうことがありました。
委ねる生き方|計算を手放し、出来事に身を任せたときに生まれる「意外な面白さ」
一方で、仕方なく始めなければならなかったことや、成り行きで始めたことの中に、意外な面白さを見出すことがあります。
何の想像も予測もしていませんから、すべてが新鮮に思えたりします。
私が行き着いたのは、「どれだけ考えてみても、やってみなければわからない」ということです。どのようなことに意外な面白さを発見するかは、誰にもわかりません。
意外な面白さを発見したとき、そこには驚きがあります。そしてその驚きこそが、人生に意味を感じさせてくれるのではないでしょうか。
2009年公開の映画『イエスマン “YES”は人生のパスワード』では、何に対しても理由を探して行動できなかった主人公が、すべての誘いに「イエス」と答えることで、人生が開かれていく様子が描かれていました。
それは少し極端な例かもしれませんが、身に起きる出来事に身を任せ、委ねていけば、人生は変わっていくのではないでしょうか。選択が変われば、これまでとは違った世界が自然と広がっていくはずです。
もちろん、「何にでもイエスと言えば良い」というものではありません。映画の中でも、単に「何でもイエスと言えば人生が好転する」という単純なことを言っていたわけではありませんでした。
しかし、すべてに理由をつけて始めることさえしないのなら、私たちはチャンスを自ら放棄してしまうことになります。
自分を縛る考えを手放し、人生の意味が「自然と訪れる」のを待つ
自分を制限してしまう考え方を、少しだけ手放してみる。
すると、今まで見えていなかった出会いや出来事が、やってくるのかもしれません。思いもしない体験の積み重ねの中で、「私はこのために生きていたのだ」と感じる瞬間が、自然と訪れるのではないでしょうか。
私自身イエスマンの主人公のように「ノー」といっていた時期があります。そんなことをしてどうなるのか。始める前から否定してしまっていました。始めて見なければ悪いことは起こりません。ですが、何も始めなかったことでチャンスを逃してきたのだと思います。そして、「何のために生きているのか」「私に何が出来るのか」そんなことばかり考えているのでした。
「始めてみなければわからない」そう思うようなれたことで、素敵な人たちとの出会いがあり、思わぬ出来事を体験することも出来るようになりました。どれだけのチャンスを自分で見逃してきたか、今ならわかります。今も、目の前にやってきてくれたチャンスをものに出来ているかどうかわかりません。それでも見逃さないようにしたい。その思いだけは持ち続けていたいと思っています。
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