私たちは何のために生まれてきたのでしょうか。
意味があって生まれた。
両親を選んで生まれてきた。
この環境を選んで生まれてきた。
そう言われても、
「では私は何を持って生まれてきたのだろう」と考えてしまうのではないでしょうか。私自身も長い間、その答えを探してきた一人です。
過去を振り返っても答えは見つからなかった
持って生まれたものがあるのなら、それを知りたい。私は必死に自分の過去を振り返りました。
・子どもの頃の記憶。
・家族との出来事。
・これまでの人生で起きたさまざまな経験。
しかし、なぜこの両親のもとに生まれたのか。なぜこの人生だったのか。その答えは見つかりませんでした。
胎内記憶も誕生記憶も持たない私には、生まれる前のことなどわからなかったのです。
答えは過去ではなく今にあった
そんな私が気づいたことがあります。それは、「生まれた意味は過去ではなく今にある」
ということです。
生まれた瞬間の記憶がなくても、私は今ここに生きています。どんな人生を歩んできたのか。なぜ今この場所にいるのか。誰と出会い、何を経験し、何に悩み、何を求めてきたのか。
そうした私の人生の歩み、そのものの中に、生まれた意味が表れているのではないかと思うようになりました。
特別な人生でなくても意味はある
かつての私は、自分の人生には特別なことなど何もないと思っていました。
人を羨ましく思っていた時期もあります。なぜ自分には大きな才能も、特別な出来事もないのだろう。そんなふうに悲観していました。
しかし、ある時こんな質問を受けました。「人生の中で運が良かったと思えたことはありませんでしたか」私はすぐには答えられませんでした。
真剣にその問いを投げかけてくれた人に対して、いい加減な嘘を答えるわけにはいきません。そして真剣に振り返ってみたのです。
小さな出来事にも意味はあった
思い返してみると、運が良かったと思える出来事はいくつもありました。
道に迷っていた時、親切な人が声をかけてくれたこと。たまたま目を通していた問題が試験に出て助かったこと。その程度の出来事かもしれません。しかし、その瞬間の私は確かに「助かった」「良かった」と思っていました。
人生を劇的に変えるような出来事ではなくても、意味のある出来事はあったのです。
悩んでいる今にも意味がある
今、人生に迷っている人もいるかもしれません。自分の人生に意味があるのかわからない。何のために生きているのかわからない。そう感じているかもしれません。
しかし、その迷い自体にも意味があるのではないでしょうか。いつか振り返った時、「あの時悩んだから今がある」と思える日が来るかもしれません。私たちは人生のどの瞬間も、何かしらの意味を生きています。
生まれた意味は今も失われていない
私は、人は生まれた時に持っていた意味を、失わないのではないかと思っています。
途中で見失うことはあるかもしれません。忘れてしまうこともあるかもしれません。しかし無くなってしまうわけではありません。
これまで出会った人たち。経験してきた出来事。嬉しかったこと。苦しかったこと。そのすべてが、自分の意味を生きるために起きてきたことではないだろうか。
意味は足すものではなく見つけるもの
人生の意味を見つけようとすると、私たちは何かを足そうとします。
新しい知識。
新しい経験。
新しい肩書き。
しかし本当に必要なのは、足すことではなく引くことかもしれません。
余計な思い込みを手放す。人と比べることをやめる。自分を否定する声を静かにする。そうしていくうちに、もともと自分の中にあったものが見えてきます。
生まれた意味とは、どこか遠くにあるものではありません。生まれてから今まで、ずっと自分の中にあり続けているものです。
だから人生の意味は作るものではなく、気づいていくものなのだと思います。
HANEという場所、そしてそこで提供している「対話の時間」や「土に触れる陶芸の時間」も、誰かにとっての意味のある出来事になると信じています。
自分自身の人生の意味が見えなくなってしまったとき。自分の歩んできた道が無意味に思えてしまうとき。その胸のモヤモヤをここに持ってきてください。 余計な重荷を引き算し、生まれてから今この瞬間まで、ずっと持ち続けてきた「本当の意味」を一緒に見つけるお手伝いをしていきます。
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