生きづらさの理由がわからず、立ち止まっている。自分の気持ちがわからない。自分を変えたい、何者かになりたい——。
ふとした瞬間に、「自分の人生はこんなはずではなかった」と感じることがあります。
人生は思い通りに進むものではなく、ときに足を止めてしまうものです。進学や就職、転職、環境の変化。最初は乗り越えられそうに思えても、少し時間が経った頃、張りつめていた糸が切れるように、心が動かなくなることがあります。
また、子育てがひと段落したとき、急に自分の人生に意識が向き、虚無感に包まれることもあるでしょう。
人に合わせすぎて疲れる。考えすぎて休まらない。生きづらさに押しつぶされそうになる——そんな感覚を抱くこともあります。
生きる意味の探求|「心が動かない 燃え尽き」の瞬間に訪れる人生への問い
そうしたとき、心の奥に生まれているのは、「私の人生はこれでいいのだろうか」という問いではないでしょうか。
人は誰しも、自分の人生の意味を探しています。自分の人生が無意味なものだとは、思えないものです。
何かに挑戦し、頑張ってみる。けれど、どこかうまくいかない。理由はわからないけれど、苦しい。何かが違う——。
そんな感覚の中で、私たちは立ち止まります。
もし、「この人生には意味がある」と思えたなら、どうでしょうか。
これまでの辛かった日々も、理由がわからなかった出来事も、今こうして立ち止まっていることさえも、すべてに意味があるとしたら。
それらは、これからの人生の意味へとつながっているものになります。
「私は、私の人生の意味のために生きている」そう感じられたとき、未来は光を帯びていきます。
役割からの解放|「自分らしさ」を作ろうとするほど見失ってしまう罠
人生の意味を感じるために、HANEが掲げている言葉が「本来の自分へ還る」です。
私たちは社会の中で生きる以上、役割を持ち、果たそうとします。それは自然なことです。
しかし、自分を押し殺してまで生きる必要はありません。誰かが犠牲になる必要もありません。
自分らしく生きることと、役割を果たすことは、対立するものではないのです。
よく「自分らしく生きればいい」と言われます。ですが、その「自分らしさ」がわからなくなっている人も多いのではないでしょうか。
私自身も、「何者かになりたい」と思い続けてきました。自分らしさを作ろうと努力し続けた結果、
かえって自分がわからなくなってしまいました。
自分らしくあろうとするほど、自分らしさを見失う。その中で、生きづらさを抱えてしまう人も少なくありません。
存在の肯定|何者にもならなくていい。もつれた思考をほどいて現れる本来の姿
何者かにならなくてもいい。無理に自分を作ろうとしなくてもいいのです。
もつれてしまった思考をほどき、解放されたとき、そこに自然と現れてくるもの——それが本来の自分です。
それは「何もない自分」ではありません。もともと意味を持って生まれてきた自分です。
私たちは、意味があって生まれ、意味があるから生きています。そしてこれからも、意味を生き続けていきます。
その感覚に還ることができたとき、過去はすべて今につながり、今の積み重ねが未来をつくっていると、自然に理解できるようになります。
感性の復権|思考を一度止めて「土」に触れ、新しい見え方に出会う場所
HANEでは、思考からの解放だけでなく、本来持っている感性を呼び覚ますために、土に触れる陶芸を行っています。
私たちはこれまで、「考えること」を中心に生きてきました。
考えることが自分であり、重要だと信じてきたかもしれません。しかし人には、「感じる」というもう一つの力があります。それもまた、自分らしさの一部です。
思考を否定する必要はありません。ただ、考えすぎて混乱しているのであれば、一度そこから離れてみる。
そうすることで、自分の中にある感性に気づき、新しい見え方が生まれてくるはずです。
一人では難しいことも共にあることで解決できると思います。
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