自分らしく生きることが、苦しくなっていませんか?
今、ご自身の生き方に、何かスッキリしないものを感じているのなら。その違和感の原因は、「自分らしく生きているつもり」になっているからかもしれません。
理想の自分と現実の自分です。
ここで一度考えてみたいことがあります。
「自分の思うようにならない」と感じるとき、その「思うように」とは、本当に自分自身の思いなのでしょうか。思い描いているのは、本当の望みではなく、理想なのではないでしょうか。
「あんなふうになりたい」 「こういう自分でありたい」 「人から、こう見られたい」
いつの間にか、憧れや周囲からの評価、これまで身につけてきた価値観によって、「こうあるべき自分」を作ってしまうことがあります。
そして、その作られた理想と現実の自分との間に、大きな隔たりを感じる。
「こんなはずではない」 「もっと自分らしく生きたい」
そう思いながら苦しくなっていく。
もしかすると、それは「生き方」の問題というより、自分がわからなくなっていることから生まれる違和感なのかもしれません。
「自分らしくなりたい」のに、なぜ苦しいのでしょうか
生きづらさを感じるときも、同じことがあるのではないでしょうか。
「もっとわかってほしい」 「自分のことを理解してほしい」
そう思うことがあります。けれど、その「わかってほしい自分」は、本当に自分なのでしょうか。
「こういう自分でありたい」 「こう見られたい」 「こんな自分でなければならない」
そんな思いを抱えながら、自分を守るために無理をしていることはないでしょうか。
「こうあるべき自分」を目指し、自分をどうにかしようとする。けれど、自分をどうにかしようとする時点で、すでに自分自身に無理をさせているのかもしれません。
無理をしているとき、人はどこかに力が入っています。
頑張らなければ。もっと成長しなければ。変わらなければ。そうやって、必死になっています。
では、一番楽な自分とは、どんな自分でしょうか。
無理のない自分。肩の力が抜けている自分。何かを証明しようとしなくてもいい自分。
私は、そういう自分こそが、本来の自分の姿なのではないかと思っています。
楽に生きることは、手を抜くことではありません
もちろん、人生の中には努力しなければならない時があります。何かを成し遂げるために、一生懸命になることも必要でしょう。
けれど、その努力さえも、自分に無理を強いるものではなく、自然なものであれば、「頑張っている」という感覚さえありません。それこそが、自分らしさなのではないでしょうか。
私たちは、「自分らしさ」を努力して手に入れようとすることがあります。
理想の自分になるためには、苦労しなければならない。簡単になれるものではない。だからこそ成長がある。努力して、努力して、ようやく「自分らしい自分」にたどり着く。
そんな考え方を、いつの間にか持っているのではないでしょうか。
けれど、本当にそうなのでしょうか。
「こうあるべき自分」に向かって努力することが、自分らしく生きることなのでしょうか。
もしかすると、その中で「もっとこうならなければ」という思いが生まれ、傲慢さや強欲さ、プライドまで作り上げてしまうことがあります。
「楽に生きてはいけない」 「苦労してこそ価値がある」 「もっと頑張らなければならない」
そんな思いが、自分自身を縛る呪縛になってはいないでしょうか。
本当の自分を知る恐れと、理想を手放す勇気
もしかすると、私たちは「楽」という言葉を、少し間違って捉えているのかもしれません。
楽に生きるとは、手を抜くことでも、何もしないことでもありません。
肩の力が抜けているからこそ、人に対しても優しくなれる。自分に対しても、優しくなれる。余計な力が入っていないからこそ、周りを見る余裕も生まれる。
その「余裕」の中に、本来の自分がいるのではないでしょうか。
ところが私たちは、本来の自分を隠すことがあります。本当の自分を見せないようにする。そして、その上に「こうありたい自分」作り上げていく。
なぜなのか。もしかすると、そこには恐れがあるのかもしれません。
本当の自分を見て、もし嫌な人間だったらどうしよう。思っていたような自分ではなかったらどうしよう。これまで大切にしてきた価値観が、実は自分を苦しめていたとしたら。
「本当の自分」を知ることは、思っている以上に勇気がいることなのかもしれません。
私たちは「こういう自分であってほしい」という理想を手放せないことがあります。それが長い時間をかけて作ってきた価値観であっても。それがプライドであっても。
それを手放すことは、自分自身を失うように感じるからです。
あなたは、何かにならなくても価値がある存在
これまでの人生の中で、劣等感を抱えてしまうこともあります。誰かに憧れることで、自分がとても小さな存在に見えてしまうこともあります。
「あの人はできるのに、自分は……」 「あんなふうになれたら」
そうやって、自分ではない誰かを基準にして、自分自身を評価してしまう。
けれど、本当に自分のことを知っているでしょうか。
これまで自分に貼りつけてきた評価や、誰かと比べて作ってきた自分像を、本当の自分だと思い込んでいるだけではないでしょうか。
だからこそ、一度、恐れずに自分を見てみる。誰かと比べるのではなく、自分自身へ目を向けてみる。
「私は、本当はどうしたいのだろう」 「今まで、何を大切にしてきてのだろう」 「何を恐れているのだろう」
答えを急ぐ必要はありません。ただ、自分を知ろうとしてみる。
それは、何か新しいものを自分に加えることではありません。むしろ、これまで自分を覆ってきたものを、少しずつ手放していくことです。
私は、そこからご自身の人生が開いていくのだと思っています。
だから私は、HANEで「本来のあなたへ還る」という言葉を繰り返し使っています。
「もっとこうならなければ」と、自分を変えていくのではなく。誰かのようになろうとするのでもなく。これまで作り上げてきた「こうあるべき自分」に無理に合わせるのでもなく。
少しずつ余計なものを手放しながら、本来の自分へ還っていく。
本当のあなたは何者かにならなければ、価値がない存在ではありません。これまで「自分らしさ」だと思っていたものの奥に、まだ出会っていない自分がいるのかもしれません。
ぜひ一度、自分に目を向けてみてください。自分を変えるためではなく、自分を知るために。
HANEは、その時間に寄り添います。
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