「本当の自分を見つけたい」そう思い続けて苦しくなることがあります。
生まれてから今まで、私はずっと私を生きています。私が私です。それは変わりはありません。それなのに、
- 自分を見失う
- 自分がわからなくなる
- 本当の自分を探したくなる
そんな感覚になることがあります。 私自身も、長い間「自分探し」をしてきました。そして辿り着いたのは、「そもそも、自分探しとは何なのだろう」という疑問でした。
理想が高すぎて疲れたと感じる理由と何をやっても満たされない正体
自分探しをしていた頃、私が探していたもの。それは「どうありたいか」だったように思います。
- あの人のようになりたい
- もっと魅力的な人間になりたい
- 周りから認められる存在になりたい
- 自信に満ちた自分になりたい
そんな憧れを抱きながら、頭の中で“理想の自分”を作り上げていました。しかしある時、ふと思ったのです。「それは本当に私なのだろうか」と。例えば、
- 十分なお金を得る
- 何でも相談できる親友を持つ
- 多くの仲間に囲まれて生きる
- 家族から頼られる存在になる
- 仕事で大きな成果を出して認められる
そうした理想を思い描くことは自然なことです。けれど、それを「これこそが本当の自分だ」と思い込んでしまうと、自分探しは終わらなくなってしまいます。
なぜなら、理想はどこまでいっても変化し続けるからです。収入が増えれば、さらに多くを求める。親友ができれば、もっと深い理解を求める。認められれば、さらに上の立場を目指したくなる。「まだ足りない」という思いが、終わらなくなってしまうのです。
「こうあるべき」という条件付きの幸せに縛られて迷路にはまる原因
「こういう自分にならなければいけない」そう思いながら自分を作り続けると、人はどんどん疲れていきます。もしその理想が、本来の自分に無理をさせるものなら、なおさらです。
「まだ足りない」
「もっと頑張らなければ」
「努力し続けなければ」
そうやって、辿り着くことのない理想を追いかけ続けることになります。そしてある時、「これは本当に自分なのだろうか」と立ち止まり、また新しい“自分探し”を始めてしまうのかもしれません。 しかし、別の理想を探し始めるだけでは、同じことの繰り返しになってしまいます。
何をやっても満たされない毎日に終止符を打つ「本当の喜び」とは
では、人は本当は何を探しているのでしょう。自分が自分に対して、本当に求めているものとは何なのでしょうか。
私は、それは「喜び」なのではないかと思っています。ただし、
- お金を得た喜び
- 認められた喜び
- 地位や名誉を得た喜び
のような、“条件付きの喜び”ではありません。何かを手に入れたから嬉しいのではなく、
もっと深いところから湧き上がる喜びです。
自分が本当に喜べるものと出会った時、人は「生きている喜び」を感じます。それは、自分の価値観にさえ縛られない、自分の奥底から湧き上がるものです。
私自身、自分探しをしていた頃は「何者かにならなければならない」と思っていました。
今の自分では駄目だから、本当の自分を見つけなければならない、と。
しかしある時、「なぜ何者かにならなければならないのか」という言葉をかけられました。その時は意味がわかりませんでした。けれど後になって、その言葉が腑に落ちた瞬間がありました。
その時に感じたのは、“頑張って作った自分”ではない、肩の力が抜けるような、ホッとした喜びでした。
理想の自分を追い求めるのをやめたとき、本来の自分に還ることができる
自分を探すとは、「自分が本当に喜べるものを見つけていくこと」なのではないでしょうか。
理想を満たすためではなく、自分の思考のためでもない喜び。何かを手に入れたからではなく、条件が満たされたからでもない。幼い子どもが目を輝かせるような、理由を超えた喜びです。それこそが、本来の自分につながる感覚なのかもしれません。
私が掲げる「本来の自分」とは、そうした場所にあります。何をしたら楽しいか何を得たら満たされるかではなく、「何も手に入っていなくても、どこか嬉しい」という感覚です。
映画を見て、理由もなく涙が込み上げる。自然の中で、ただ安心する。何かを作る時間に夢中になる。そうした瞬間に、人は“本当の自分”に触れているのかもしれません。
人が探している自分とは、遠くにある特別な何かではなく、自分自身の深い場所にあるのではないでしょうか。それが見えなくなってしまった時、人は外側に「本当の自分」を探し始めるのかもしれません。
土に触れる時間を通して「理想」を手放し、心を満たす第一歩
私は、その感覚に触れる一つとして、「土に触れる時間」を提案しています。土に触れることは、砂場遊びや泥んこ遊び、農作業のように、自然に触れる時間でもあります。
自然の中に身を置き、自分の手で何かを生み出す。そこには、日常とは違う感覚があります。
何かを上手くやるためではなく、ただ触れ、感じ、夢中になる時間。その中で、「自分は何に喜びを感じるのか」という感覚に、少しずつ近づいていけるのではないかと思っています。
「土に触れる時間」の詳細はこちらからご覧ください。
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