「死」というものは誰にでも訪れます。
死というものを思うとき、前世や生まれ変わりと言ったものに興味を持つ方も多いのではないでしょうか。
私も他の記事でも書いている様に死に対する意識が高く、過去世瞑想を知り生まれ変わり(転生)への興味を強く持っていました。
太古の祈り|「縄文時代 死生観」に触れて知った土偶と勾玉に込められた再生の願い
博物館で行われていた縄文展を見学したとき、人の転生や生まれ変わりに興味を持っていた私は、遥か太古の祖先たちの死生観に触れました。そこで知ったことは、再生への願いです。
遺跡から発見された多くの玉類、土偶。 勾玉はなぜ、多大な労力をかけコの字型に削られたのか。なぜ土偶を作ったのか。また、ほとんどの土偶が人為的に壊されて発見されている理由。
勾玉の形は、胎児の形を現している、月の形、球状の火が尾を引く形など諸説あるそうです。土偶の形は、女性を表しているものが多く、さらにお腹の膨らんだ妊婦を表しているものが多くあります。
わざわざ作ったものを壊していたのは、現代も行われている人形(ひとがた)払いのような意味があったようです。
現代のように医療のない太古、自然との結びつきが生活そのものだった時代において、呪術が医療の役目を果たしていたのでしょう。土偶に自分の罪や穢れ、災いを託し、壊すことで祓っていたのではないでしょうか。
魂のゆくえ|死は終わりではない。目に見えない偉大な力と共にあった人々の暮らし
玉類や土偶は、亡き人を送る副葬品としても用いられています。
その理由は、亡き人が天に召されるようにとの思いなのか、死後も守られるようにとの思いなのか。そこには、死は終わりではないという考え方があったのだと思います。
死は終わりではないと考えていたから、亡き人が見守っていてくれていると思うから、亡き人を大切にし、敬い、先祖供養も行っていたのでしょう。
人々は目に見えない何かの働きを感じていたはずです。 豊穣をもたらしてくれる何かしらの働き、雨をもたらしてくれる何かしらの働き、太陽の光をもたらしてくれる何かしらの働き。
子宝をもたらすのも目に見えない何かの働きであり、空や大地に願いを伝えられたなら望みが叶えられる。願いを伝える媒体の役割を、勾玉に求めたのかもしれません。
太古の昔より人は、超自然的力や、神秘的な力といった、霊的なものや、神様のようなものを感じていたのでしょう。
転生のシンボル|「人魂」と勾玉の結びつきから感じる人間根本の死生観
子供の死亡率が高かった時代。子を亡くした親が、もう一度、自分たちの元へと生まれてきてくれるように願い、特別な儀式を行っていたようです。
現在でも親しい人が亡くなった後、近しい関係に子供が宿ったとき、亡き人の生まれ変わりだと思うこともあります。人間は根本的には、生まれ変わりを認めているのではないか。そんな気がするのです。
そのシンボルこそが、勾玉にあるのではないだろうか。あの形にこめられた意味こそが、転生を表すのではないか。
昔見た怪談話の中には火の玉が現れます。丸い火のついた玉が行き交うとき、尾を引くように見えます。それは、勾玉の形に良く似ていて、人魂とも呼ばれます。私たちは、人が亡くなった後に残る何かがあると知っていて、その存在を認めてきたのではないでしょうか。
死を知ることは生を知ること。太古の捉え方が教えてくれる人生の意味
私が死というものに興味を引かれるのは、死を知ることが生を知ることにつながるのではないかと思うからです。
その死を現代ではなく、遥か太古の人々の捉え方で見たとき、その死生観こそが人生の意味へと導いてくれるように感じました。
死というものは、単なる終わりではない。 そこに私は、人生の意味が見えてくるように思うのです。
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