死生観について|なぜ私は「命に意味がある」と感じるのか

誕生とは、
何もない「0」から始まることなのでしょうか。

そして死とは、
すべてが「0」になり、消えてしまうことなのでしょうか。

人は生まれたとき、何も知らない真っ白な存在なのでしょうか。
死んでしまえば火葬され、灰となり、この身体がなくなるように、
すべてが消えてなくなってしまうのでしょうか。

私は、どうしてもそうは思えません。

もしすべてが消えるなら、なぜ私たちは、
亡き人をいつまでも心に想い続け、
長年にわたって供養を続けるのでしょう。

もしかしたら「死」というものは、
その人の存在をゼロに、消し去るものではないのではないか――。
私はそう思うのです。

また、生まれてくる子どもたちも、
本当に「何も持たず」に生まれてくるのでしょうか。

性格や物事の捉え方、感受性や価値観は、
すべて生まれた後につくられるものなのでしょうか。

同じ親のもとで育った双子や兄弟姉妹であっても、
感じ方や考え方は驚くほど違います。

私は、子どもには生まれる前から、
その子らしさが備わっているように思うのです。

なぜ死生観を語るのか

以前の記事にも書きましたが、
私の二人の子どもたちは、
胎児の頃から明らかに違っていました。

活発に動き回る子。
静かに落ち着いている子。

その違いは、生まれた後も変わりませんでした。

もちろん育った環境の影響もあるでしょう。

しかし、それだけでは説明できない
“その子らしさ”があるように感じたのです。

私は、人は「0」から始まるのではなく、
生まれながらに何かを持って生まれてくるのではないか
と思っています。

そして死によっても、完全に「0」になるわけではない。

だからこそ、誕生や死というものは、
「自分とは何か」「生きる意味とは何か」を考えるうえで
切り離せないテーマだと思うのです。

私は、死後の世界を知っているわけではありません。
何が正しいのかも断言できません。

それでも、「人生の意味」や「生きる目的」に触れるなら、
自分の死生観を語る必要があると思っています。

正解がわからないからこそ、
私はどのように感じ、
どのように考えているのかを伝える必要を感じます。

生まれる前から備わっているもの

生まれたばかりの赤ちゃんは、
誰に教わるわけでもなく、お腹が空けば泣きます。
ミルクの飲み方も知っています。

そうした本能や、原始反応と呼ばれるものも
「持って生まれてきたもの」ではないかと思います。

また、私は過去世瞑想を学ぶ中で、
「生まれ変わり」や「過去世」
という考え方にも触れてきました。

子どもは親を選んで生まれてくる。
そうした考え方にも、私は強く惹かれています。

さらに、オーラリーディングを学んだ際には、
人には生まれながらの“ベースカラー”がある
と知りました。

オーラとは、人の周囲にあるエネルギーの集積のようなもので、
その色には意味があると言われています。

ある時、まだ幼く片言しか話せない子どもが、
「ママのポンポン」と言いながら紙に色を塗っていました。

その子が塗っていた色が、
お母さんのオーラカラーだったという体験もあります。

もちろん、信じるかどうかは人それぞれです。
ですが私には、貴重な体験でした。

ソウルメイトという存在

私は、ソウルメイトの存在も信じています。

ブライアン・ワイス著の『ソウルメイト・魂の伴侶』
に詳しくありますが、ソウルメイトとは、
単なる恋愛相手ではなく、人生に深く関わる存在のことです。

家族、友人、恩師。
人生の転機で出会った人たち。

私自身を振り返ってみても、
「この人との出会いが人生を変えた」と
思える存在が何人もいます。

そうした出会いには、
偶然だけでは説明できないものを感じるのです。

何かしらの宗教ではありません

ここで誤解していただきたくないのは、
私は特定の宗教活動を行っていないということです。

神社やお寺へ参拝にも行きますし、
修道院へ行くこともあります。

仏教、キリスト教、その他にも
さまざまな思想や哲学にも触れてきました。

けれど、「これだけが正しい」と
主張したいわけではありません。

私は、自分の死生観を誰かに押し付けたいのではなく、

なぜ生きるのか
どうすれば迷いなく生きられるのか
人生に意味を感じながら生きられるのか

この命をいかに輝かせて生きるかを大切にするだけです。

今を生きるための死生観

私が求めているのは、「今をどう生きるか」です。

人生に意味を感じ、
希望を持って生きること。

もし、死生観が、
・生きる意味を感じられる
・少し前向きになれる
・命を大切に思える
生きていく前向きな希望になるのであれば、

それは人生を支えてくれるものになると思っています。

正解はわかりません。

だからこそ、私は他人の死生観を否定しません。
正解などないと知っています。

ただもし、死や人生について悩み、
苦しんでいる人がいるのなら、

「こんな考え方もあるのか」

と少しでも心が軽くなるきっかけになればと思い、
この文章を書いています。

私が、「HANE」のセッションの中で、
死生観について自ら語ることも致しません。

ただ、より良く生きていただきたい
それだけです。

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