ほんの些細な一言が頭から離れないほど気になり、夜も眠れない。気づけば体まで疲労困憊。そんな息苦しさを感じてしまうことがあります。
「生きづらい」とは、今自分が置かれている環境の中で、「この自分を生かしにくい」と感じてしまっている状態なのかもしれません。
なぜ些細なことなのに?小さな人間関係の行き違いで生きづらくなる心理
例えば、大切な友人、あるいは職場の同僚や上司との間で、ほんの少しの行き違いが起きてしまったとき。客観的に見れば、それは「誰か一人との小さなトラブル」に過ぎないのかもしれません。
しかし、悩みの渦中にいるときはそうは思えないものです。そのたった一つの状況が、自分の世界のすべてを包み込んでしまい、生きること自体が息苦しい苦痛に変わってしまいます。
「なぜ、わかってもらえないのだろう……」
一度考え始めると、その不安が頭の中を埋め尽くしてしまいます。「何とか関係を修復できないだろうか」と思う一方で、「いや、もう顔を見るのも嫌だ」「学校や会社に行くことさえ辛い」と、一つの問題が頭の中で、どんどん大きく膨れ上がっていきます。
ちょっとした一言を気にする人が陥りがちな「自分事」として責める癖
始まりは、本当に些細な一言や、ちょっとした誤解だと思います。
それなのに、真面目な人ほど「自分が何とかしなければ」と考え込んでしまいます。
「自分のあの言い方が悪かったのではないか」
「私に何かしら落ち度があったのではないか」
と、自分を責める方向へ思考が向かい始めると、そこから抜け出せなくなります。「そんなつもりじゃなかったのに……」と思うこともあるでしょう。
「そんなこともあるさ」と受け流せたら楽なのですが、「私のどこがいけなかったのか」と
自分事にして悩んでしまうのです。
また、「なぜあの人はあんな受け取り方をしたのだろう」と、いくら考えても分かるはずのない相手の胸の内を想像し続けても、本当のことなどわかりません。わからない相手の思いを
想像し続けることで自分を疲弊させていきます。
【体験談】メールや電話が怖い…営業時代にお客様の顔色を伺っていた記憶
営業の仕事をしていた頃の私も、そんな思考の癖(くせ)に支配され、常にお客様の顔色ばかりを気にしていました。
「上手くいって当たり前」
「相手の気分を害するような接客をしてはいけない」
そう思うほど、相手の表情が見えない「電話」や「メール」でのやり取りが怖くなっていきました。直接会って話せば、表情から何とか相手の様子を伺うことができますが、文面だけでは相手の感情がわからず、不安が膨らむばかりでした。
しかし、こちらが気を遣いながら相手の胸の内を気にしていることは、不思議と相手に伝わってしまうものです。
お客様の中には、私が嫌われないように相手に合わせ、自分を押し殺して接していることを見透かす人もいました。
どんなに気を遣っても、すべての人に気に入られるなどできません。それでも私には気になって仕方がありませんでした。
「完璧でなければならない」という思い込みが人間関係の疲れを大きくする
誰にでも気に入られたいし、自分自身、ミスは犯したくありません。しかし、人と人との関係が、自分の思い通りになるはずがありません。
相手にも、自分が置かれた環境にも、社会にも、それぞれの都合があります。私が、周囲から求められることに100%応じることも、100%ミスをしない人間になることも、本来は不可能です。
当時の私は、そんな「あまりにも当たり前な事実」にすら気づけないほど、必死に頭を働かせ、疲弊していました。
私は自分のことを真面目な人間だなどと肯定的に捉えることはできませんでした。それどころか、
・ミスばかり犯してしまう
・場の空気を読み違える
・隙だらけの人間
そんなふうに自分を責めてばかりいました。そうやって自分を否定する気持ちそのものが、
自分自身の生きづらさを大きくしていたことに、当時は気づいてさえいませんでした。
人間関係を考えすぎるのをやめて、そのままの自分を認めよう
もし今、小さな行き違いから「すべてがダメになってしまった」と苦しんでいるなら、まずはその膨らんだ思考をそっと横に置いてみませんか。
完璧ではない、そのままのあなたで大丈夫なのですから。興味を感じていただけたら、こちらもご覧ください。
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