子供をコントロールして自己嫌悪に陥るあなたへ…子育ての正解を手放す「心の引き算」

子供が生まれるとき、
「どうか無事に、健康に生まれてきてほしい」と
誰もが心から願うのではないでしょうか。
私自身、妻が無事に出産を終えたときのあの安堵感は、
今でも忘れることができません。

当初は「元気に育ってくれたらそれだけで良い」と
思っていたはずでした。しかし、
子どもが成長するにつれて、いつしか一つ、また一つと
望むようになっていきました。

この記事では、
子供をコントロールしようとして自己嫌悪に陥ってしまう
本当の原因を紐解きます。
元教員でありHANEを運営している私の実体験を交えながら、
親が子育ての主役の座を一歩退き、
お互いにラクに生きるための「引き算の視点」を解説します。

教員経験と「理想の父親像」が子供をコントロールする原因に

教員としての経験があった私は、
「子供を育ててしていく」というよりも、
「正しく育てていかなければならない」という思いが
人一倍強くありました。

その頃の私は、子供は何も持たない
「真っ白な状態」で生まれてくると思っていました。
だからこそ、親がすべてを教えなければならない。
親の育て方によって、子供はどのようにもなっていく
と信じ込んでいたのです。

与える玩具、絵本、連れて行く場所、遊び方――。
親の選択のすべてが子供に影響を与えていくはずだ、と。
よく言えば「子供を正しい方向へ導いていく」
ということかもしれませんが、今振り返れば、
子供を自分の手でコントロールしようとしていたと言えます。

私には私なりの「理想の父親像」みたいなものがありました。
親が子を思うのは当たり前ですし、
できれば「良い親でありたい」と思うのも、当然の心理でしょう。

【体験談】全国大会を目指し、良かれと思って子供に無理を強いた過去

私の場合、幼くしてスポーツを始めた子供たちを
「より強くしたい」と思いました。
一つでも多く勝てるようにという思いは、やがて
「全国大会で勝ち進むこと」へと膨らんでいきました。

では、そのために何が必要なのか。
勝つために必要なことを私が考え、子供にそれをさせていく。
それは明らかなコントロールでした。
当時の私は全くそんな風に思っていませんでしたが、
私に見えていたのは、子供の気持ちではなく
「勝ち進んでいく栄光の姿」だけだったのです。

私は子供に無理を強いました。無理を重ねれば、
どこかに歪みが出るのは当たり前です。
やがて子供たちを苦しめてしまいました。
そんな子供たちの姿を見て、私は初めて
「私自身のしてきたこと、その強い想いは間違っていたのではないか」
と気づかされたのです。

子育てに正しい方法などない。自己嫌悪は「深い愛」の裏返し

親が子を思うのは自然なことです。私の間違いは、
子育てに正解などないにもかかわらず、
「これが正しいのだ」と力んでしまったことでした。

私は今、子育てに正しい方法などないと思っています。
どんなに世間で正しそうに見える方法であっても、
その目の前の子に合うかどうかなど、誰にもわからないからです。
時には間違ってしまったとしても、それは仕方のないことです。

我が子を思った、その純粋な思いを誰も責めることはできません。
だからこそ、誰の子育てに対しても、
周りが口を出すことなど本来はできないはずです。

ただ一つ言えるのは、
あなたが今「自己嫌悪」になるほど悩んでいるのは、
それほどまでに子供を深く想っているから、ということです。
それだけで、子供のために一生懸命に頑張っている、
とても素敵な親御さんではないですか。

子どもの人生の主役を奪わない「無人島の例え話」と客席の視点

ただ、一生懸命になるあまり、
「誰が人生の主役なのか」がわからなくなってしまった
だけではないでしょうか。

私自身、「子供のため」と言いながら、
子供を導く「良き父親」という役になろうとしていました。
子供の人生は子ども自身が主役であるはずなのに、
私が舞台に入り込み、主役の座を奪おうとしてしまったのです。

子供の人生の主役は子供自身であり、
その物語の登場人物は、子供と私の二人だけではありません。
少し引いて全体を眺めてみたなら、
そこには多くの登場人物がいて、
様々なシーンが絡み合って成り立っているとわかるはずなのに、
当時の私には目の前の我が子しか見えていなかったのです。

こんな例え話があります。
「無人島で子供が一人、お腹を空かせています。
あなたなら魚を釣ってあげますか?
それとも魚の釣り方を教えてあげますか?」

魚の釣り方を教えてあげれば、
その子は一人で魚を獲って食べていけます。
お腹が空けば、自分で工夫して生きるでしょう。

逆に、魚を釣って上げて与え続けてしまうなら、
親はいつまでも魚を獲り続けなければなりません。
そして、その子が本当にお腹を空かせているかどうかにかかわらず、
無理やり魚を食べさせようとしてしまうことすらあります。

つい私たちは、現実の社会でもこの例え話のように
「子供は守るべき弱い存在」と思い込んでしまいます。
だから「私が助けてあげなければ」と思い込み、
子供が自分で魚を釣るという「主役の役目」を奪ってしまうのです。

しかし、実際の私たちは無人島ではなく、社会を生きています。
子供は一人ではなく、学校や友人、地域など、
多くの人たちと共に生きています。

時にはこの例え話のように、
魚の釣り方を教えてあげるようなサポートが
必要な瞬間もあるかもしれません。

ですが、親が少しだけサポートの手を引いてあげれば、
子供は主役として、立派に自分の人生という舞台を
演じていくのではないでしょうか。

親は客席からそっと眺める。一歩引くことで視野は広くなる

子供の人生は、親が舞台に上がるのではなく、
客席からそっと眺めているくらいでちょうど良いのかもしれません。

そのためにも、視野を広く持つ。一歩引いて、
全体を見てみることが必要なのだと思います。

HANEはコンセプトに「足すのではなく引く」
という言葉を掲げています。

「もっと良い親にならなければ」
「子どもを正しく導かなければ」
という過剰な足し算の思いを、
少しずつ引いていくお手伝いができたらと思っております。

まずは一度、HANEのセッションをご覧ください。
一人で抱え込まず、温かいサポートのつながりの中へ、
ご自身を戻してあげてほしいと願っています。

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