私は「スピリチュアル」という言葉を使うことに、長い間抵抗がありました。
なぜなら、この言葉の意味や解釈が人によって大きく違うからです。ある人にとっては「とても怪しくて敬遠したい言葉」。またある人にとっては「とても興味をそそられる魅力的な言葉」。また別の人にとっては「自分とはまったく無関係の言葉」。
他にも、この言葉に対しては人によって様々な反応があると思います。私自身、かつてはスピリチュアルとは「霊的能力のある人が持つ、一部の特殊な力」だと思っていました。
しかし学びを深める中で、その考え方は少しずつ変わっていきました。
この記事では、世界保健機関(WHO)の憲章にある「健康の定義」を交えながら、巷にあふれる怪しいイメージではない、本来のスピリチュアルの意味について、私の考えをお伝えします。
WHO憲章と健康の定義|「スピリチュアル」が人間にとって不可欠な理由
世界保健機関(WHO)の憲章では、その全文において「健康」を次のように定義しています。
健康とは、病気でないとか弱っていないということではなく、
肉体的(Physical)にも
精神的(Mental)にも、
社会的(Social)にも、
すべてが満たされた状態にあることを言う
近年、この3つの要素(肉体・精神・社会)に加えて、新しく「Spiritual(スピリチュアル)」を加えるべきかどうかの検討がなされました。
Spiritualは、日本語では「精神的」と訳されることが多いため、既存の「Mental(精神的)」との違いが分かりにくいと言われることもあります。
健康の定義に「Physical(肉体)」や「Mental(精神)」が入っているのは、誰でも納得できるでしょう。肉体的に病気がなく、痛みがなければ健康だと思えますし、精神的にも病気がなく、悩みや苦しみに苛まれていなければ健康だと思えるからです。
では、「Social(社会的)」はどうでしょう。
私たちは一人では生きていけず、社会の中で生きています。社会的に満たされるとは、「他者や社会との関係が良好で、自分の役割を果たせている状態」と言われれば、確かに納得がいくと思います。
健康の定義に「スピリチュアル」が加えられようとしたのは、これら(肉体・精神・社会)と同じように、「人間が真に健康に生きるために、誰にとっても必要不可欠な要素である」
と納得できるから。もしスピリチュアルが一部の特別な人だけに関係するものなら、健康の定義に含めようという話にはならないでしょう。
つまり、本来のスピリチュアルとは、誰もが持っている当たり前の要素だと考えられます。
誤解と抵抗の背景|スピリチュアルの意味がわかりやすく伝わらない原因
日本語では、Spiritualをどう訳すかが難しいと言われています。
精神的。
霊的。
宗教的。
魂的。
人によって受け取り方が違います。
そのため、「スピリチュアル=霊能力」「スピリチュアル=不思議な力」超人的な霊的パワーや、占いのような特殊な能力を指す時に使われることもあります。
しかし、「精神的」というのと「霊的」では随分と意味が違いますし、日本の文化において「宗教的」というと、どうしても怪しいものとして捉えられがちです。私がこの言葉に抵抗を感じていたのも、そのためでした。
特殊な能力ではない|スピリチュアル本来の意味はあらゆる「つながり」
では、私にとってスピリチュアルとは何でしょうか。それは、自分がこの世界と切り離された存在ではなく、つながりの中に生きていると感じることです。人は一人で生きているように感じることがあります。孤独を感じることもあります。誰にも理解されていないと思うこともあります。
しかし本当は、家族とのつながり。友人とのつながり。社会とのつながり。自然とのつながり。過去から今へ続いている命のつながり。私たちは様々なつながりの中で生きています。
そのことを感じられる状態こそ、私にとってのスピリチュアルです。
特別な能力ではなく、誰もが持っているもの。私は過去世瞑想を学び、多くの死生観にも触れてきました。その中で感じるのは、スピリチュアルとは特別な能力ではないということです。
霊的存在が見えるかどうか。不思議な体験をするかどうか。そうしたことが本質ではありません。本当に大切なのは、
「自分は一人ではない」
「自分には意味がある」
「この人生にはつながりがある」
と感じられることではないでしょうか。それは誰にでも感じられます。
惑わされるのをやめて、本来の自分に還り、人生の本質を感じる方法
私たちは普段、自分の身体のありがたさを意識することなく生活しています。心についても同じです。そしてスピリチュアルについても、普段は意識することなく生きています。
しかし、自分と向き合い、本来の自分へ還っていく中で、身体の大切さ。心の働き。そして自分がつながりの中で生きていること。そうしたものが少しずつ感じられるようになります。
私は、その感覚こそがスピリチュアルなのだと思っています。私は今でも、「スピリチュアル」という言葉を安易には使いません。誤解を生みやすい言葉だからです。しかし、その本来の意味は決して怪しいものではありません。
誰もが持っているもの。健康や幸福にも関わるもの。そして人生を豊かにしてくれるものです。私たちは普段、自分の「身体(肉体)」を強く意識して生きているでしょうか。あるいは、自分の「心(精神)」の動きをすべて自覚しているでしょうか。それと同じように、多くの人は「Spiritual」を特別に意識することなく生きています。
しかし、役割や他人の目から離れて「自分という存在」の源流に還り、本来の自分と静かに向き合えたとき、この身体の大切さ、心のありがたさと同じように、「スピリチュアル」というものが何かも、感覚的に分かってくるようになります。
自分がつながりの中に生きていることを感じる。その時、スピリチュアルとは何かが自然と
わかってくるのではないでしょうか。
スピリチュアルに惑わされるのではなく、本来の自分へ還り、自分の中に流れる本質(スピリチュアル)を感じてみる。それもまた、人生を豊かに生きるための大切な方法です。
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